あまり、重く話すのはよすとして・・・


今日の日に
ちょっとだけ、311について、書いておこうと思う。

私は、地震があったあの日。
千葉で、4月から年少さんになるムスメとリビングにいたの。

なんだか知らないけど
ぐらっと今まで経験したことのない変な揺れ方を感じて
それもなかなか収まらなくて・・・

さすがに、焦って、ムスメと食卓テーブルの下に潜り込んで。

その年に買ったばかりの薄型液晶テレビはぐらぐらと揺れ・・・
洗面所のボックスは倒れ・・・

ことの重大さがわかってなかった私は
「テレビ大丈夫かしらー?支えに行こうかなー」
なんて、のんきに、避難訓練気分でいたの。



私が子供の頃住んでいたところは
すごく、地震の多い町だったから、地震に耐性があって、さほど怖くもなかったの。
でも、余震も続くし、マンションの外に出たら、みんな不安そうな顔で外に集まってた。

うちは、1階だったので、被害もほとんどなかったのだけど
上の階の人たちは、食器棚が倒れたりしたみたい。


近くを営業していた夫が、心配して家に立ち寄ってくれて・・・
ムスコを学校まで迎えに行ってくれた。


当時、ムスコは小学1年生。
古い校舎で、揺れも大きくて、とても怖かったんだって。
しばらく、怖い怖いって言い続けてた。


報道で、大変な地震なんだと知って
夫もそのまま仕事に行くのはやめて、このタイミングで、家族4人揃うことになったの。

実際、うちは、これでラッキーだったのだけど
このまま朝まで帰って来られなかった人達がたくさんいてねー。
公共の交通はマヒしたし
車は、ずーっと渋滞で全く進まなかったらしいの。

遠く離れた千葉ですら、こんな状況だった。
それでも、まだ、あんな大変な自然災害になるなんて、思ってもみなかったのだけど・・・


その後も、ずーっと半年以上
みんな不安な気持ちで暮らしていたけど
でも、実際に東北で被災された人なんかの足元にも及ばない。
悲しすぎる災害だったんだなーって、今でも思出だされる・・・。


今日もたくさん、報道されてましたねー。
全然、復興されてないって。

あの時もそうだったけど
報道の何を信じたらいいのか、全くわからなくて。
いつも、情報は二転三転したし。
肝心な大切な情報は、隠されているんじゃないかって
疑心暗鬼にもなってた。

あれがなくなる、これがなくなる・・・
計画停電も、あったり、なかったり。
放射能の話、食べ物の汚染のこと。
怖い話ばっかり。

それと一緒に、風評被害だって
大丈夫だって報道も一緒に流れてた・・・

今だって、両方の報道がなされているよね。
今の私ですら、何を信じたらいいのか
結局、わかっていない。



今、思うことは。



ただただ、悲しい思いされた方が
少しでも軽い気持ちで生きられますように。

そんなことを祈って
少しばかりの募金をすることぐらいしかできない。


何にもできないけど
それでも、思い出して、日々のありがたみを感じていく。

ほんと、それぐらいしか・・・





忘れちゃいけない。

それだけが、今の私にわかっていること。



それだけ・・・



この記事だって
どう終わらせていいのか・・・





それでも、時は流れて
私はそれに押されていくように、生きていく。

答えも見つからないままに・・・



そうだ。

真実を探すことだけは、



やめずにいようかな・・・。









おしまい。