娘が『歩くランドセル』みたいだったあの頃、私は夫と離婚しました。

理由? それはもう…口論、対立、口論、沈黙、そしてまた口論。
家庭円満とはほど遠い日々でしたガーン

娘には本当に、いろいろ我慢をさせてしまったと思っています。

 

私自身、母子家庭で育ちました。
小さい頃から「人に甘える」ということを知らずに生きてきました。

もしかしたら、もう少し素直に人に頼れる性格だったら、
結婚生活はもう少し穏やかだったのかもしれません。

 

泥沼の調停から離婚裁判に移行し、
離婚成立までに3年かかりました。

そして、やっと落ち着いたと思った矢先のこと。
離婚から2年後、私の乳がんが発覚しました。

 

当時、娘は小学4年生。
母親の体調も不安定、経済的にも苦しい。
そんな状況で、彼女の心がどれだけ揺れたか、想像するだけで胸が痛みます泣くうさぎ

 

それでも私は、
ホルモン療法が始まってから抗がん剤が終わるまで、
娘の明るい未来のために全力投球で生きてきたつもりです。

 

副作用でご飯が食べられず、吐き気と闘いながらもオエー
体にムチを打って仕事に出ていました。

ある日、六本木駅のホームで倒れてしまい、
ヅラが外れて、ハゲ頭をさらしながら仰向けに倒れていたあの時のことは、
今思い出してもゾッとします。…でも、笑えます笑

 

そして主治医にこう言われました。
「最後の抗がん剤、効いていないかもしれません」

その晩、私は大泣きしました泣
まるで“戦力外通告”を受けた気分でした。

 

でも今、私は驚くほど元気です。
抗がん剤の副作用が抜けて、体力も食欲もすごい。
体も軽く、仕事も普通にできていて、本当にありがたい毎日です。

 

ただ…今年、FXで600万円を溶かしました。
娘の未来のために始めたのに、
結局は不安のタネをまたひとつ増やしてしまったのです泣くうさぎ

 

母親として失格です。
でも私は、私なりに本気で生きてきました。


そして今も、これからも、希望を見ていますクローバー

 

娘と笑い合う時間、
ごはんが美味しいと思える時間、
仕事にやりがいを感じるとき、

 

そんな何気ない日々の中に、
私は今、ちゃんと「生きててよかった」と思える瞬間を見つけています。

 

完璧じゃなくても、ちゃんと愛してるラブラブ
そんな親子のかたちがあっても、いいですよね。

読んでくださって、本当にありがとうございます。