師と仰ぐ
わたしにはとても尊敬し目標にし愛している伯母がいる。若い頃精神的に参ってしまって家にいることすら不安でどうしようもなかったときその伯母の家に泊めてもらったわたしの過去の記憶はトビトビなのだかあの頃のことは特によく覚えていないでもあの時あの場所だけが大丈夫だった無口でぶっきらぼうなおじさんもそのほっといてくれる感じが居心地よかった伯母さんはいつだって「まぁいいわ」がんばれでもなく大丈夫でもなく笑いながら「まぁいいわ」今思うとこの魔法の言葉は受け入れなんだなって思う伯母さんは受け入れてるなんて思っていない伯母さんはいつも両手を広げてなにも拒まずになにも求めずにそこにある田舎の開け放したそのお家にいる伯母さんは家の前の畑でとれたもの誰かにもらったものなんでもかんでも「もってって」そういって誰にでもあげちゃう「伯母ちゃん、これ使えるよ。伯母ちゃん使いなよ」「おら、そんなものいらないわおまえが使えばいい」どんどんあげちゃうなのに伯母ちゃんちにはいつもいろんなものがたくさんあるだれかがふとおとずれて何かをもってきてくれるわたしが行っても知らない人がこたつに座っていたりするのはあたりまえで…伯母ちゃんは誰にでもおんなじように接する何かをするわけじゃないただそこにいつもおんなじようにいる来る者を迎え出ていく者を送る離れていてもあわなくてもいつもいる感じがする「まぁいいわ」そんな声が聞こえる言葉じゃうまく表現できないけどわたしの師匠は伯母だその在り方を刻むコロナ禍で会えないうちに90歳になった先日くも膜下で倒れたもちろん心配だけど離れていても大丈夫。関係はわたしはただの姪にすぎないでもわたしにとっては心の師だ距離感ではない祈りは届く想いは届く伯母のことを思いながらわたしが読んでいる本を記した多くの偉大なヨギも師と仰ぎ心から願い祈ればきっとつながることができる古くからのヨガの聖典も時空を超えてつながることができる師や聖典はそこを拠り所にするのでなくわたしとしてつながることが大切なのだと思うそのコトバの意味を捉えるのではなくつながりわたしとしてみて感じる導く手をとって連れて行ってくれるのではないあなたがあなたとしてみて感じていく最終の到達地点はきっとみんな同じでも本当の最終地点にたどり着くまでにはきっとたくさんの通過点があってここでわたしがあなたがたどり着けるのはどこなのか。。。ただ自分で進んいく誰かにあずけることはできない。わたしにとっての伯母がそうであるように師はわたしの心のなかにいていつも一緒にいてくれる人によっては天使であったり神であったり自然であったりわたしもたくさんの師を心に抱き、守られているそんな風に信じた今日時空はいつでも超えていけるmico