自分を認識する上では、どうしても主観的になりがちで、
客観視するのは難しい。
それでも、自分を知ってるふりをして生活している。
「私はこういう人」って思って生きてる。
最も長い付き合いで最も身近な存在なのに、
全く理解してない(かもしれない)「私」という存在。
もちろん、自分自身が自分の気持ちとか状況を一番把握してるんだし、
自分の内面を感じてるのは自分なんだけど、
でも、いざ自分を表現するとき、うまくできないことが往々にしてある。
で、意外と他人の認識の方がしっくりきてることがあったり、
他人の方が冷静に自分のことを分析していたり、
隠してるつもりの自分の一面を、他人が知ってたりする。
先日、友達に
「私もね、意外と頑固なとこあるからわかるんだけどさ・・・」
と言ったところ、
「知ってたよ?」
と言われた。
そんな一面、知られてないと思ってたから、本当にびっくりした。
なんだ、知ってたんだ
ふとここで思う。
私は「NO」の反応が強いって言われることがある。
それはきっとこの頑固さのせいだ。
許容範囲は広い方だと思ってるし、
比較的どうにでも動く。
流されやすいとか、
自分がないんじゃないかって思うくらい。
(優柔不断だっていう認識はあるし、
何も考えてないこともある。
けど、ときには自分では自分なりの理論があったりすることもある。
この許容範囲の広さを、私は「柔軟性」だと思っている)
ただ、自分で絶対に譲れないエリアを決めてある。
自分の持ってる「No」のエリアを最小限にしてあるからこそ、
そこだけは譲れないと思って、頑なに守ろうとしてしまうし、
わかって欲しいとも思ってしまう。
その部分を犯されたり、否定されたりしそうになると、
つい興奮したり、強い反応に出たり、頑固さとして発現してる気がする。
頑固、頑固かぁー