トイレの神様って曲が注目されてるらしい。
こういうのに、じんとくるようになったのは歳とったのかな。
中高生の頃に自分がいらいらした時、
親や家族に当たったとこもあったなって思うと
あーごめんって今更だけど思う。
あれ、たぶん反抗期だったんだろうな。
無視したりとか睨んだりしたりもして、
『きつい顔してる、お姉ちゃん怖い』って家族の中で悪評が立ってたらしい・・・
この年になって、
当時より歳を取ったおばあちゃんや親の限りある命を思うと、
急に不安にもなることもあるし、現実味はないのに、なんだかいたたまれない気持ちになる。
「孝行したい時に親はなし」
誰の言葉か知らないけど、
多くの人がいつかは思い当たる切実な言葉なんだろう。
親や家族にはもちろん、
自分の対人関係にも至る思い。
人はなぜ人を傷つけちゃうんだろう。
どうして、傷つけあってしまうんだろう。
してしまったことを取り消すことはできない。
けど、
違うな・・・
だから、
今あるじんわりした愛情、
きちんと届けて、優しい慈しみの気持ちを忘れないで、
そうして人と接して生きていきたい。
優しいあったかい気持ち、時間を大切にしたい。
それに気付ける人、あげられる人でありたい。
私に愛情をくれる人、
優しさをくれる人、
あったかい気持ちにさせてくれる人・・・ありがとう。
せめてせめても、
ありがとうが届きますように・・・
「トイレの神様」
せっかくなので歌詞(一部)を載せておきます。
小3の頃からなぜだか
おばあちゃんと暮らしてた
毎日お手伝いをして
五目並べもした
でもトイレ掃除だけ苦手な私に
おばあちゃんがこう言った
トイレには それはそれはキレイな
女神様がいるんやで
だから毎日 キレイにしたら 女神様みたいに
べっぴんさんになれるんやで
その日から私はトイレを
ピカピカにし始めた
べっぴんさんに絶対なりたくて
買い物に出かけた時には 二人で鴨なんば食べた
新喜劇録画し損ねたおばあちゃんを
泣いて責めたりもした
少し大人になった私は おばあちゃんとぶつかった
家族ともうまくやれなくて 居場所がなくなった
五目並べも鴨なんばも 二人の間から消えてった
どうしてだろう 人は人を傷付け
大切なものをなくしてく
いつも味方をしてくれてた おばあちゃん残して
ひとりきり 家離れた
上京して2年が過ぎて
おばあちゃんが入院した
痩せて 細くなってしまった
おばあちゃんに会いに行った
「おばあちゃん、ただいまー!」ってわざと
昔みたいに言ってみたけど ちょっと話しただけだったのに
「もう帰りー。」って 病室を出された
次の日の朝 おばあちゃんは
静かに眠りについた
まるで まるで 私が来るのを
待っていてくれたように
ちゃんと育ててくれたのに 恩返しもしてないのに
いい孫じゃなかったのに
こんな私を待っててくれたんやね
トイレには それはそれはキレイな
女神様がいるんやで
おばあちゃんがくれた言葉は 今日の私を
べっぴんさんにしてくれてるかな
おばあちゃん
おばあちゃん ありがとう
おばあちゃん
ホンマに
ありがとう