No Game, No Life!

No Game, No Life!

ゲーム大好き長男は、生まれた時から食物アレルギーがあります。
のんびり除去していたら、いつの間にか中学生になっていた!
このままじゃやばいと戦闘態勢(?)に入った記録です。

Amebaでブログを始めよう!

2回目のアナフィラキシーショックのあと、私は本当に食べ物が怖くなっていました。

それまでは長男くんだけが別メニューで、私と夫は卵を使った料理も食べていました。


もう同じスポンジで洗うことにも抵抗を覚えました。


卵を買うのをやめました。

マヨネーズも捨てました。

大人が食べるお菓子も、卵やピーナッツが入っているものは買うのをやめました。

すべてを長男くんと同じにすると決めました。

そうすることで、長男くんが食べるメニューはとても広がりました。

それまでは除去食と言いながら、工夫をしてあげることはしていませんでした。

あげない除去食。

同じものを食べることで、自分の食べたいものを卵なしで作るようになったのです。

自己中ですよね。

まだまだ母親としての道半ばです。

それでも少し親になってきました。


夫は抵抗しました。なんせ卵かけごはんと柿ピーが大好物の男です。

私には聞く耳はありませんでした。


そんな折、主治医から、相模原に食物アレルギーを研究してる病院があるんだけど、話だけでも聞いてみる?と言われました。

今では食物アレルギー専門で有名なあの病院のことです。

相模原は同じ神奈川でもかなり遠くです。

あまり気が進みませんでした。

実は二人目を妊娠していました。

いまのおだやかな状態を壊したくありませんでした。治療とか改善なんて考えられなかったのです。

その後も転勤・転居を繰り返したので、その時が一番相模原に近かった!

その時は、その日その日でいっぱいいっぱい。

幼稚園の入園もせまっていましたし、いまのままでいい。そう思いました。

結局いまのいままで、ご縁はありません。海老澤先生の講演は何度も聞かせていただきましたが。


幼稚園は少人数の幼稚園を選びました。もちろんお弁当ですし、アレルギーの子を預かったことがなかったものの、とても細かく気を使っていただきました。

そして長男くんは、お兄ちゃんになり、次男くんが誕生しました。


生まれる前は、いっそ同じアレルギーがあったほうが楽かもと思っていました。


次男くんはつるつるのお肌で生まれました。完全母乳の産院だったので、初めて母乳で育てました。

乳児湿疹もまったくでません。

次男くんにはアレルギーはなかったのです。


赤ちゃんの肌がこんなにふわふわで、柔らかくて、きめ細かくて、食べちゃいたくなるようなものだと初めて知りました。

長男くんはあんなにひーひー泣いてばかりだったのに、次男くんは穏やかで寝てばかりいました。

長男くんは、赤ちゃんの時からつらかったのかな。初めて思いました。