私たちとカトマンドウから一緒に来ていた親戚一同とで、朝一番のバスに乗って帰ることになっていたので、皆で朝5時おき。まだ暗く、寒い。叔父さんは、お土産にと大きい米袋にいっぱいのカリフラワーヽ(゚◇゚ )ノを詰めている。


家から5分くらい歩いた大通りでバスを待つも、一台の車も通らない・・。


皆が?と思い始めた頃、「ドライバー組合のストライキだって」と人が教えてくれる。え~~~(((( ;°Д°))))?困るんですけど。ドライバー組合と言う事は、バスも、タクシーも、全部運休(;°皿°)。飛行機があるけど、誰も車を持っていないので空港までの足が無い。翌日の昼にはカトマンドウから飛行機に乗らないといけないのに~~。


困っていると、目の前の大通りを何故か救急車が再三通る(°Д°;≡°Д°;)。そんなに急病人って、いるわけ?そして、気付く。誰かがずるして使っているのだ。救急車はドライバー組合と関係ないし。


で、地域で長く学校の先生をしているため、ちょっと顔が広いお父さんが事情を聞くために電話をしてくれる。


私が腰痛がひどいと説明したら、「じゃあそれで行きますか。本人と旦那は乗せますが、カリフラワーはだめですよ」と言われたそう。のん気な・・。ってか、お父さん、「カリフラワー乗せてもいい?」ってきいたわけ?なんだかな~。


カトマンドウまでの料金、日本円にして二万円。何と、現地の一か月分の平均所得。うわ~。


で、救急車を予約(!)し、二時間待後、とりあえず乗り込み、出発。


道の途中途中で、ドライバーの人たちが歩き以外では誰も通れないように閉鎖している。廃タイヤなんかぼうぼう燃してる。体に悪いのに。


30分ほど進んだ頃、とうとう「通りたかったら診断書もってこい」と言われる。仕方がないので、最寄の病院へ・・。


この、最寄の病院が、すごかった。ちょっと本気で泣きそうになったo(;△;)o。貧乏人対象と言うか、ぼろぼろ。体育館のようなだだっ広い室内はベットが足りず、床にござで寝てる人が見える。仕切るカーテンなんか、全然ない。


・・こういうの、戦争映画で見た(x_x;)・・。


当然医者に会うように言われるも、「いやだ~、何とかごまかして、とにかくカトマンドウに行かなきゃいけないというサインだけ誰かにもらって~~。゚(T^T)゚。」と半べそでごねる。とにかく、そこで誰にもさわられたくなかった。ずっとネパールに来てからお腹の赤ちゃんのことが心配で、来た事自体ちょっと後悔していたので、もしも内診するとか言われて何かに感染したら・・、と不安が爆発した。


と、お父さんが駐車場の知らないオジサンに、本来診察を受けるべき紙に事情を書いてもらい、サインしてもらった。ごねてみるもんだ。てへ。そのオジサンのサインした紙で結局のりきった。


その後、やっぱりヒーターのない救急車で(T_T)、100キロ平均で、山道をカトマンドウへと飛ばす。車酔いになった。二回も吐いたけど、救急車決して止まらず。ビニール袋だけはたくさんあった・・。


三時頃には無事カトマンドウに到着。腰痛も結構良くなっており、ショッピングセンターとか車で回って見せてもらった。上野のアメ横をものすごく小さくしたようなカンジかな。


私が腰痛がひどいと言っていたら、夫はカトマンドゥーの叔母さんに「妊婦にはどこ行くにも飛行機使うべきでしょ、だから言ったじゃないの」と怒られた。この叔母さんは看護婦さんなのです。


しかし、夫は「ネパールの飛行機なんて、いつ飛ぶかわからないし、飛んでもすぐ落ちるんだよ」と私にこっそり告げた(;´Д`)ノひょえー。


それなりに楽しかったけど、この時点で、ものすごく日本が恋しかった・・。妊婦でなく、ただの観光だったら多分もっと楽しめたのに、ちょっと残念。


写真とか、この日は精神的に撮る余裕がなかった・・。


この後、もともと日本にしばらく滞在の予定だったので、翌日無事日本に飛んだ。が、タイからの乗り換え便が欠航になり、台北でもう一回乗り換える便になってしまう。


さらに、成田に着いたら荷物が出てこない(T▽T;)。タイで見つかって、翌々日宅配便。


日本の友達に会ってからこの話をしたら「子供を産むと厄が落ちるって言うから、丁度良かったんじゃない?」と不思議な慰められ方をされたのでした・・・。


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