この回では、メルカリでのトラブルという日常的な出来事から、脳の「認知障害」の正体、そして私たちが囚われている「バアル(物質主義)の思考」と本来あるべき「天の思考」の違いについて深く掘り下げられています。
1. 認知の歪みと機能障害の正体
加藤氏がメルカリで購入した服のトラブル(写真と実物が全く違う、変色があるのに出品者が認めない)を例に、現代人に増えている「認知のバグ」について語られます。
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「見えていない」という障害: 明らかに変色しているのに、出品者が「丁寧に対応しながらも非を認めない」様子から、単なる悪意ではなく、脳の機能的な「色の誤認(色盲的なバグ)」や「認知障害」の可能性を指摘します。
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霊的因果の物理反映: こうした身体的・脳的な障害は、実はその人の「霊的な弱点」や「因果」が物理的な肉体に反映された結果である場合があります。
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奇形の隠蔽: 科学物質や霊的要因により、現代では多くの「異常」が生まれていますが、社会システムの中でそれらは巧妙に処理され、人々の目から隠されているという現実にも触れています。
2. 「バアルの思考」vs「天の思考」
私たちが日常で行っている「考える」という行為のほとんどは、実は悪魔的な領域の思考であると警告します。
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バアルの思考(自己中心・物質維持):
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現代人の思考のほとんどがこれに該当します。
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「自分を守りたい」「現状を維持したい」「損をしたくない」という自己保存の欲望に基づいた思考です。
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この思考に陥ると、完全に物質界の重力に縛り付けられ、霊的な上昇が止まります。
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天の思考(全体への波及):
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「全体(宇宙・社会全体)の中の一人」として考え、自分の行動や思考が全体にどう影響を与えるかを前提とする思考です。
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「すべての責任は自分にある」というような、全き責任感と全体意識。
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自分の霊(魂)が天と繋がっている状態でのみ、この思考が可能になります。
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3. 「霊視・霊聴」の本来の意味
スピリチュアル界隈で言われる「霊感」の安っぽさを批判し、真の霊的感性について定義します。
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璽(しるし)を見る: 真の霊能とは、単に幽霊が見えることではなく、現実世界に現れる「璽」を読み解き、天の意志や感情を感じ取ることです。
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お呼びでない存在: 「ちょっと見えた」程度で自分に力があると思い込む者は、天の領域からは「つまみ出される」対象でしかありません。
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悪意の波及: 私たちの「悪意」はすべて悪魔(バアル等)を介して運ばれ、世界に負のエネルギーを供給してしまいます。逆に、正しい気づきは世界全体に善い波及効果をもたらします。
4. 日常を疎かにしない(バアルの正しい使い道)
バアルの思考は「悪」ではなく、この世を生きるための「道具」として必要です。
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キラキラ系への警告: ネット上の「働かなくていい」「自分を愛するだけでいい」といったキラキラした教えは、バアル(現実)を無視した現実逃避であり、破滅への道です。
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地道な継続: 毎日コツコツ働くこと、日常生活の役目を果たすこと(正しいバアルの使い方)ができて初めて、その上の霊的な領域へと進む足場が固まります。
結論:自分の思考を「点検」せよ
自分が今考えていることは「自分のための言い訳(バアル)」か、それとも「全体のための責任(天)」か。
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肉体的な不調や認知のズレは、霊的なサインかもしれないと自覚すること。
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自分一人の問題だと思わず、自分の思考が世界全体を汚染するか、浄化するかを決めていると知ること。
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「普通に生きる」という土台を固めた上で、天の意志(璽)を感じ取る感性を磨くこと。
メルカリの「色の見えない出品者」の話は、そのまま「真理が見えない現代人」へのメタファーとなっており、自分のエゴ(バアル)に縛られている限り、真実の世界(天)を見ることはできないという厳しい教訓が示されました。
