この回では、映画『ジャンゴ 繋がれざる者』と『ウエストサイドストーリー』を題材に、支配層の冷酷な本質(奴隷制の臨場感)と、若い命が奪われることへの根源的な悲しみ、そして「親が子を守る」という本来あるべき姿について語られています。


1. 支配層の本質:奴隷の臨場感

映画『ジャンゴ 繋がれざる者』を通じて、アメリカや世界の支配者層が持つ「冷酷さ」の歴史的背景と、その本質を理解する必要性を説いています。

  • 家畜以下の扱い: 黒人奴隷が「犬に食わせる」といった、牛馬よりも残酷な扱いを受けていた現実。それは単なる過去の話ではなく、支配者層が持つ「他者を人間として見ない」という精神構造の現れです。

  • 恐怖の刻印: 主人公たちが経験する絶望的な光景は、見る者に強い衝撃(臨場感)を与えます。支配者が何を持って「当たり前」としているかを知ることは、現代の社会構造(世界政府や管理社会)を理解する上で不可欠です。

  • アボリジニーと日本人: 加藤氏は、オーストラリアの先住民アボリジニーと日本人が同じ民族的ルーツを持つ可能性を示唆し、彼らが受けた迫害を「他人事ではない」と警告しています。

2. 若い命を散らす悲劇

リメイク版の『ウエストサイドストーリー』を鑑賞した加藤氏は、物語の結末にある「若い命の喪失」に深い悲しみを感じたと言います。

  • 救われない物語: 白人グループとプエルトリコ系グループの抗争の果てに、希望ある若者たちが命を落としていく。この「若い命が散る」という理不尽さこそが、社会の最大の欠陥であると断じます。

  • 社会の責任: 本来、大人の役割は子供や若者を守ることです。しかし現代社会は、高齢の既得権益層が生き残り、若者を使い捨てにするような構造になっていないか。若者が絶望する社会は「ダメな社会」であるとはっきり語ります。

3. 親による「庇護」と恐怖の植え付け

加藤氏は、自身の商店街での成長過程における「不動産屋の息子」とのエピソードを引き合いに出し、教育と庇護の重要性を説きます。

  • 恐怖による教育: かつて加藤氏は、いじめや不正を行い、苛烈な手段で「絶対的な恐怖」を叩き込み、二度と逆らえないようにしました。

  • 子供を守る親の姿: 加藤氏がどれほど相手を痛めつけたとしても、相手の父親(不動産屋の親)は、毅然とした態度で加藤氏を不動産契約から守り抜きました。

  • 真の守護: 自分の子供がいじめられても、外敵から全身全霊で加藤氏を守る商店街の親の姿勢。その地域で子供を育てる「庇護」があったからこそ、加藤氏は自分を貫くことができたと振り返ります。翻って現代、親が世間の目を気にして子供を真っ先に責めるような軟弱さが、子供の「生きる力」を削いでいるのではないかと指摘します。


結論:守るべきものを守れ

「若い命が守られ、親が子を命懸けで庇護する」という当たり前の秩序を取り戻さなければなりません。

  • 支配者層の冷酷な本質(奴隷制のメンタリティ)を直視し、幻想を捨てること。

  • 若い命を散らすような社会構造にNOを突きつけ、大人が責任を果たすこと。

  • 親は世間体よりも、自分の子供を最後まで守り抜く「強さ」を持つこと。

加藤氏は、映画から受けた深い情緒的な痛み(特に若者が死ぬシーンでの悲しみ)を、現代社会を正すための「怒り」と「使命」へと繋げています。