私の中では、
まだまだ賑わってます。



前者後者論!!


私は後者なのかも…と考えるにつれて、

思い出してくる幼少期の記憶。


誰にも理解されず、
肯定されず、
助けてもらえず。

学校では馴染めず、家では怒られまくり。
両親は関心を寄せてくれない。

あんなことがあった、
こんなことがあったって、
話せる相手がいなかった。

話すすべを知らなかった。

自分1人で抱えてた。

でもうまくできなくて、
毎日「死にたい」って思ってた。


学校に行く時は1人で準備して、
朝行くときに親がいたかどうかの記憶がない。
(たしか寝てたような気がする。)

分からないことがあって相談しても、
親は頭が悪いからなのか、
「母ちゃんたちはよう分からんけん」と、
答えてくれたことがなかった。

質問すると、
怒りながら返してきたりね。

家族の中では出来が良い方なのと、
一番上だからってことで、
色々と背負わされて、
嫌だって言えなかった。

言ったら、怒鳴られてたから。

私に居場所はなかった。
やるしかなかった。

学校でのクリスマス会か何かでプレゼント交換をするとき、親に話して断られたからか、断られるのが嫌で自分で勝手に動いたのか、家にある物を寄せ集めて、当時りぼんか何かの付録だった袋に詰めて持っていったら、私の用意したプレゼントを手にした子が「えー、なにこれ。要らないんだけど」と言っていた。

1人で考えて動いて失敗したっていう事例の中で、鮮明に覚えている出来事。
辛かったな。

学校の門のところをまたごうとして足元を見たら、サンダル履いたまま学校に来てた…とか、給食で残したパンが机の引き出しの奥でカビパンになってた…とか。

急にふと違うことをやりたくなって、
突拍子もないことをしたり。

これを後者と呼ぶのであれば、
間違いなく私はド後者。

失敗しないように必死。
今日も嫌な目にあうんじゃないか…
毎朝起きる度にそう思ってた。


あまりにもドジることが多くて、
白い目を向けられる。

それが嫌で、
笑いに変えるように努めた。


【笑われてる】

じゃなくて

【笑わせてる】

そういう風に思おうとするようになった。


責められないように、
出来るように努力もした。

明るくて楽しい自分でいることで、
周りも私を受け入れてくれるようになった。

明るくて楽しくて面白くて、
そこそこ出来る。

気づけば、そんな自分が標準となった。

だから、私なら楽しく子育てできる!!

と思って疑わなかった。


ところが、
生まれてきた子供は、反応が乏しい。
こちらが働きかけても返ってこない。
意図したように動いてくれない。

可愛くなかった。

こんなんじゃ、私まで嫌われる。
私の恥。汚点。
この子さえ居なければ。

今でも、
たまにそう感じてしまうことがある。

でも、それは私の中に、
「ちゃんとしてなきゃダメ」というのが、
根強く残ってるからな訳で、
そのままの自分でも愛されるのならば、
彼がどう過ごそうと構わないのだ。


息子たちは、
私が後者であること、
後者に戻っていいよってことを、
教えに来てくれたのかもしれない。

本当に戻っても大丈夫?
すごく怖いよ。

でも、なんでだろう。
過去を思い出して辛くはあるけど、
なんだか心が楽になっていく感覚があるよ。

出来なかった自分に◯をつけよう。

過去の自分を責めるのではなく、
そのままで大丈夫だよって、
◯をつけよう。