生徒たちの記者会見を見た。
カットされたのかも知れないが、亡くなった仲間に対する悔みの気持ちが全く感じられず、むしろ”なんて迷惑なことをしてくれたんだ”と言わんばかりの態度に正直寒気がした。
スポーツに特化した公立高校が存在していたことにも驚いたが、入試中止は当然のことと思う。
これが私学であれば、全科の入試中止、下手をすれば学校法人の認可取り下げでもおかしくないのではないだろうか?
私自身、体育系の部活に所属していたので、強くなるためにはある程度厳しい指導が必要だとは思う。
しごきもあった。
顧問に殴られたこともあった。
それでも、みんなその先生が好きだった。
叱られても仕方がないと納得できたからだ。
連日、意味もなく殴られ続け、キャプテンを辞めるなら2軍行きだと脅され、追い詰められて自殺した少年の無念さは想像を絶する。
市長が入試中止を言い出した時は驚いたが、それに対する生徒たちの言動を見た今は妥当だったと思う。
勝利に特化し、チームスポーツでありながら自分のことしか考えない子供たちを育ててしまったことを露呈した今は。
高校受験の時、先生が言った言葉を今も覚えている。
高校だけは、自分の学力でいけ。
スポーツだけできても仕方がない。
勉強もせず学歴だけあっても、社会に出たら役に立たない。
当時、別にスポーツで受験するような私ではなかったから何気なく聞いていたと思うが、社会に出て、スポーツの世界の現実を見るに付け、その言葉を思い出す。
ダンナの会社には実業団がある。
もちろん、文武両道で、練習をきちんとこなしながら仕事もきっちりやり、引退後は仕事熱心で信頼され、普通以上に昇進していく人もいるが、使えないことが多いらしい。
彼らの多くがスポーツエリートで、子供の頃からその競技一筋でやってきているという。
その競技をすることこそが自分の仕事であり、社内での仕事は付帯業務という体でしている。
それはある意味事実ではあるのだが、引退すると抜け殻のようになり、仕事を覚える気力も無く、会社のお荷物としていろんな部署をたらい回しになることも多い、と。
(引退と同時に退職になる企業も多い中、甘い会社だなとも思うが)
元々スポーツは、心身を鍛えることが目的だったはずだ。
才能云々は別として、より厳しく自分を鍛えた者が勝利を手にするからこそ、勝利の価値があった。そして、その環境を耐え抜いた精神力や集中力こそが評価されるものだと思っている。
しかし、いつの頃からかスポーツは金儲けの為に存在し始めた。
その競技のトップに立てば、莫大な金銭と華やかな未来がある。
ほんのひと握りの人間だけが手にできるそれらを目指し、結果、チームスポーツでありながら仲間を踏み台にしてでも上へ上がろうとする心を育てるようになってしまったように感じる。
そんな風に言ってしまうのは、暴論だろうか・・・・