数日前、
祖母が永眠した。
92歳だった。




その1ヶ月程前、
ムスメが入籍した。
式はしない方向だ。



新たなつながり、
新たないのち、
このようなものがやってくると、
古くなった命は閉じられるのだろう。


私の祖父が亡くなったのは
二十数年前のこと。
その後、2年足らずして
私は結婚した。




祖母は、後妻だった。
本当の祖母は、父が二十歳の頃に
患っていた病で亡くなったそうだ。
だから、私は会ったことがない。


このごろ亡くなった祖母は
控えめに言って、
普通とはだいぶかけ離れた人だった。
今で言うと、完全に精神系のなんらかの人だ。
この人により、その昔から私はよく困った。
この頃まで、私の両親もかなり困っていた。




単なる老害とかいうことではなかった。
老人となる随分前から、
色々な常識や普段の暮らしに至るまで
話の通じない人だった。
理解する、とか
理解できる、とか言う以前の
「理解する」ということが
理解できないような、困った人であった。
まあ、だからその年齢でこんな片田舎に後妻として嫁ぐしかなかったのだろう。祖母の実家もなんとか片付けたといったところだろう。

こんなことを公に言ってはいけないのかもしれないが、
出会わなければ、私の幼少期や祖父以外の家族は幸福に過ごせたのではないかと、大いに思う。
十数年過ごした私のムスメたちも、出会わなければ良かった人物の一人となった。
そのくらい、こちら側にとっては、
こまった人であった。

離れたところにある祖母の実家や兄弟とは自ら疎遠となっていた。
そんなふうな人だったから、
兄弟はそんな祖母のことを案じ、
存命であった頃はよく連絡をくれていた。
にも関わらず、、、な人だった。

かわいそうな人だった。




祖父は、戦争経験者だった。
小さい頃、
休日のお昼寝しながら、
お昼のゆっくりした時などに
よく戦争に行った時の話を聞いた。

その頃の私はまだ小さく、
今では聞いた話もほとんど覚えていないが、
行った先がシナとか、
何ヵ所も地名が出てきたことを思い出す。

大変な思いをしながら
大変な体験をして
いまを生きる私たちには計り知れない体験をしてきたに違いない。








祖母は昨年の12月から入院していた。
取り立てて病があるわけではなかったが、
少しずつ痴呆が進んでいたようだ。
そのために軽く骨折し、入院に至ったそうだ。





「ばあちゃんがね、、」
と、泣き言のように母から連絡が来た。



私はわたしで、自分のことにいっぱいだった。
同じ頃、11月末ガンの告知から諸々の検査、その後の治療や生活にあたり、私自身も色々と捌ける状態ではなかった。




祖母のことで連絡が来るまで、
私の病気のことは伝えていなかった。



具体的にどのように治療をするのか、
ガンの程度は、治療にあたりどのように進めていくのか。
検査を終え、具体案が出るまでは安易に話すべきではないと考えていた。
入院の日程が決まるのを残して、ほとんどの検査を終えていたのでその経緯と結果をはなした。
そして、そんなわけだから申し訳ないけどばあちゃんのことどころではなく、自分のことを最優先するからね、とも話した。






あーー。
わがままはいつも言うけど、
自分のことを最優先します、ということは初めて言った気がする。





本当はみんな、自分のことを最優先してるんだろうなー、とはじめて思った。
私は、最優先してこなかったから、自分にもムスメたちに対しても申し訳なかったなーと思った。
他人のことより自分のこと、自分の大切な人のことを最優先すべきだったのだ。今さら遅いね。。



たぶん、これが一番大事なことなんだなー。






このことを胸に、残りの人生を心がけよう。




祖母と同じ時期に始まった療養。
さあ、どちらが先に!?
・・・
と内心おもっていたが、
年齢順になりました。

しかし、
たぶん、
次は、
私の順番かなー。。。


祖母がいたので、余裕あったけど、
前に並んでいる人がいなくなっちゃったからねー
ちょっと実感湧いてきた。
怖いなぁ。。