飲酒運転に厳格な処分を
アメ村飲酒運転三人死傷事件
最近、遺族仲間の事件に関する記事が2件掲載されましたのでリンクを貼ります。
下の画像は②の記事に関するご遺族のコメントです。その他、②の記事でうまく伝わっていないことは、この事件は発生から7年8ヶ月であること。
被害者である恵果さんが、歌手を目指していたのは学生時代のことだったそうです。
加害者は事件後の取り調べやその後の補充捜査の際にも、事件発生直前に車止めに乗り上げたこと等について、何度聞かれても「覚えていない」と供述していたそうです。しかし「覚えていない=酩酊状態」と判断されることを恐れたのか、国選弁護人が変わると(証拠の防犯カメラ映像に沿ったストーリーを作りあげたとしか思えない)衝突までの経緯を詳細に法定で述べたとのことです。
その加害者の法廷での供述等から、裁判所には酒の影響が認められず、原因はアクセルとブレーキの踏み違いとされ、過失運転と道交法違反で判決は3年6月(未決勾留360日含む)でした。
実際のところ、加害者は刑務所に収容されてから1年3ヶ月程度で出所しているそうです。
真実を語らない=反省の無い加害者が、厳罰を免れてしまいました。
恐らく判決を聞いた加害者は「よっしゃー‼︎」と、心の中でガッツポーズをしていたことでしょう。
実際、加害者の姉は、ご遺族の居る法廷でガッツポーズをし、弁護士に駆け寄ったそうです。
危険運転での起訴を求める17万筆以上の署名数からも分かる通り、多くの国民はこのような飲酒運転による交通死傷事件は危険運転で裁き、安全な道路交通社会を実現して欲しいと願っているはずです。
加害者の女は分かっているだけで1.5ℓもの酒を飲み、同乗者を乗せ、まともな運転も出来ずに(わずかな間に複数の運転ミスをして)一方通行を逆走しています。その結果3人が死傷しても危険運転(酒の影響)が認められなかった大阪アメ村の事件は、多く問題を残していると感じます。
今後も報道等で深く掘り下げて取材していただき、問題の改善に目が向けられて欲しいです。
刑事裁判で事実とされたことは、その後の民事裁判にも影響します。ご遺族はその後も辛い日々を過ごされています。既に出所している加害者の女も、同乗者の二人の女たちも、未だに謝罪のひとつもないそうです…
アルコール検査について
私が気になっているのは呼気アルコール検査についてです。
アメ村の事件の加害者からは、事件発生から40分程後に行われた呼気アルコール検査で呼気1リットルあたり0.2mgのアルコールが検出されたとし、警察は危険運転で送致しましたが、検察は当初過失で起訴しています。その理由に呼気アルコール検査の数値が挙げられていました。
しかし後の補充捜査で、当初警察は呼気アルコール検査の数値を0.25と報告していたことが判明しています。ラインが曖昧でハッキリ読み取れなかったことから、調書には加害者有利に0.2と記されていました。
危険運転に訴因変更された公判では、検察側の証人として大学教授が、加害者の飲酒量に対して呼気アルコール検査の数値が低いことや、ふらつき等が無く呼気アルコール濃度が加害者と同程度だとしても、脳への影響が充分あり危険な状況であったこと等の証言があったようです。
しかし裁判所には、「酔いの程度は弱いものにとどまった」と判断されてしまいました。
酔いの程度は総合的に判断されているとしても、呼気アルコール検査の数値がより高く検知されていたら、酒の影響が認められ、加害者の調書にない供述が疑われ認められず、危険運転で刑が下されたのではないかと思います。
呼気アルコール検査の数値は判決に関わる重要な証拠ですが、そもそも正確な数値なのかが疑問です。
私はミッキーの事件で、保管されていた加害者の飲酒検知官を確認していますが、警察が主に呼気アルコール検査で使用している北○式○E型飲酒検知官は、ガラス官の中の薬剤の変色から数値を読みとるのですが、変色の境界がはっきりせず数値を読み取ることは難しいと感じました。
リンク先の記事や他の事案の判決文によれば、真のアルコール濃度よりも2割から2割5分程低い数値が検出されるよう設定されているとのことです。
また、気温が低いと低い数値が検出されてしまいます。(10℃以上で使用)
そして、適正に飲酒検知を行なった場合でも、飲酒検知後にマーカーシール測定線より大きい位置まで変色するとのことです。因みに私達がミッキーの加害者の検知官を確認した時には、警察が赤いマーカーをシールを付けた検査時の0.11を超えて0.25(酒気帯び)程度が読み取れました。
この検知官での検査は、飲酒しているか否かの判断はできても、数値から処分が判断される程の信頼性があるのか疑問です。
しかし現状は多くの事件が、この真の数値より低い数値が検出される設定の呼気アルコール検知官で、検査時に警察官が加害者有利に低く読み取った数値が証拠とされてしまいます。
そして、その数値により、後に加害者の受ける処分は大きく変わります。刑事裁判は被告人有利の原則がありますが、重要な客観証拠まで加害者有利に数値を低くする必要があるのでしょうか。真の数値が出る検査をしていただきたいと思います。最低でも検査結果は一目瞭然であるべきだと思います。
個人的には飲酒運転自体が悪であり、酔いの程度は人それぞれ、数値の問題ではないと思うのですが、それが客観証拠として重要であるなら、最低でも人の死傷がある場合には呼気検査ではなく血中アルコール濃度を検査して欲しいです。(因みに私たちの場合、飲酒運転の加害者は簡易な呼気アルコール検査でしたが、未成年のミッキーが血液を採取され血中アルコール検査をされています。勿論アルコール未検出です)血中アルコール検査は、医療行為にあたり病院に搬送されない加害者に行うことが難しいようなら法改正する等方法を考えていただき、血中アルコール検査の正確な数値から事件を判断してもらいたいです。それが直ぐに無理なら、せめて(低く検出される設定がされていない)機械式で検査していただきたいです。
尚2021年6月に発生した八街飲酒運転死傷事件では、検査時の加害者の呼気アルコール検査の数値が0.15mgにとどまりましたが、危険運転が認められています。
ある記事によれば、現場の警察官が危険運転致死傷罪での送致に向け一致団結して捜査を開始し、客観証拠を収集したそうです。初動捜査から危険運転で立件するつもりで、検察官が公判維持できるだけの証拠を集めていただくことが大切なのだと感じました。(八街の事件は「被害者遺族の無念を晴らせるのは我々しかいない」との信念を持って捜査に従事して下さったことを知り、胸が熱くなりました。)
また、私は検査時の呼気アルコール検査の数値が基準に満たず、飲酒運転の処分を免れてしまう事案が多いことにも問題を感じています。
警察庁飲酒運転による交通事故件数の推移を見ると、飲酒有りで「基準値以下」の事故件数は、酒気帯びの件数よりも多いことが分かります。(令和3年は300件)飲酒運転は常習的に行う者が多い中、事故を起こしても飲酒での処分を免れているのです。その件数の多さに身の毛がよだちます。このような状態で、交通ルールを守っている他の道路利用者の安全は守られているのでしょうか…
被害後の人生
奪われた生命は戻らない為、被害から完全に回復できる遺族は恐らく居ないと思います。
被害者遺族にとって、大切な家族を奪われた加害者に犯行に見合う公正な裁きが実現されたと思えることは、後の人生に大きく関わることだと思います。
絶対にしてはいけないと思っていた飲酒運転等を行い(被害者の救護もせずに)罪の無い生命を奪った加害者に、相応の刑罰が与えられなかった場合、気持ちの落としどころも見つかりません。(一方的な犯行だった場合や加害者の自身に有利な供述、虚偽が事実とされてしまった場合等は尚更です。)
犯罪者が守られ、被害者が泣かされる(更に突き落とされる)現実に、正義とは何だろうと、何が正しくて、何を信じて生きていけばいいのか分からなくなります。