かがやくひかり。 | みっき~★のBLOG ~はるかぜに乗せて~

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そのときにかきたいことをかこうと思います☆
 日記だけではなく、絵画,詩,短歌,俳句、・・・
  お楽しみに☆

おととい、
うつくしいそらとこもれびの
まぶしい時間があった。
それは一日の内のひとときであったけれど。
なぜだかうれしかった。

長く続けばいいのにな。
心地よい温もりと見つめる光が、永遠に。


そんなおとといのこと。

“好き”になんてなったから、
こんなに辛い思いをするのではないのだろうか、
でも“好き”になんてならなかったら、
今のわたしは私じゃないのかな、
と思い考える出来事があった。

それというのも、
多くの人や物や事柄との出逢いによって、
目に見えるものも、心の感じるものも、
かなり変わってきた気がするから。

でも近頃、日々の忙しさからか
美しいものを美しい、
かわいいものをかわいい、
と素直に言うことができなくてきている気がする。

例えるなら、
少し前ならカメラを向けたであろうものにも、
目を背けてしまう・・・そんな状況。
     
それも近い過去、
そんないろんな気持ちを感じさせるものと出逢い、
良くも、悪くも、いろんな意味で
思うところがあったからなんだと思う。


そうその出逢ったものは、
昔の自分ならきっと感じることはないこと。

というよりは、
その状況にも立つことはなかったであろう些細なこと。


昔のわたしは、
人に心を許すとか、人に心を開くとか、
そんなものの考え方を知らなかった。
そんな気がする。

きっと人をどこか避けてたのかもしれない。
他人は他人、と受けていたのかもしれない。


でも、そんなあの自分なら、
この今の世でも、きっと
何にも傷付かずに歩み、
何にも我を通していたのだろうと、
一瞬羨ましくなりそうだった。

でも・・・
やっぱりそれは間違ってる。

逃げてるだけな気がした、傷から。

まさにそれは、
遠くからの目線であり、
上から見下ろす目線。
そんな感じがした。

それなら、
望みたいとも思えない、
嬉しいことも客観的に見据えるなんて、
“残念”以外のなにものでもない。

『そうだきっと損をしているのだ、いろんな意味で。
 せっかくの傷付くチャンス、
 傷付いてさらに大人になるチャンスを、
 このひとは損してる。』

そんなこと、前にも考えたことあったかな。
でも、いま

「傷付く可能性」と
「喜びを受ける可能性」を
天秤にかけたなら、
わたしの心は「喜びに賭けてみたい」と言っていた。

人生なんて損得勘定ではないのかもしれない、
だけど、たとえ始める前から損をするとわかっている事でも
やってみなきゃわからないのだと思う。


些細なことに気付き、
考えることができるようになっただけ
わたしは大人になったのかもしれない。

大人になって失ってゆくものもある。
だけど、それにも気が付きながら、覚えながら、
進めばいいのだろうか。