トンデモ大賞受賞者の方の著作です。
pp147-148の記述です。
(1)欧州で全ての幼児が牛痘接種を受ける。しかし
(2)1870-1871年ドイツで100万人が天然痘を罹患。1年で12万人死亡
(3)ビスマルクが「おびただしい数の天然痘患者は種痘が原因」と言った
とのこと。
その情報ソースは、(『医学と健康』2008年12月22日号)とのこと。
この情報ソースを見つけることができませんでした。
こういう主張に対して、の真偽判定は、非常に難しい・・・
古いことですし。
Smallpox Germany vaccination (天然痘 ドイツ 種痘)
で、検索してみました。
https://asclepio.revistas.csic.es/index.php/asclepio/article/download/1000/1625?inline=1
このABSTRACT冒頭を、自動翻訳かけますと
「1870年代初頭、独仏戦争の影響でドイツで天然痘が流行した後、1874年に帝国法により天然痘ワクチンの接種が義務化された。この法律は議会や国民の間で熱い議論が交わされ、それまでのワクチン接種に対する抵抗感が政治的な反ワクチン運動へと発展していった。このため、ドイツ政府はいくつかの安全対策を採用した。本稿では、まず、1870年代までのドイツ各州における予防接種の慣行、規制、政策と、1874年に天然痘の強制接種に関する帝国法が制定されるに至った生物政治的な展開について説明する。次に、なぜドイツでは強制接種が成功したのか、というワクチン接種に関する世論の議論や批判を紹介している。」
『反ワクチン運動』が当時もあったらしいですね。
本文趣旨を、概略引用します。
独仏戦争では、
・ドイツ軍とは異なりフランス兵は一貫してワクチン再接種を受けていなかった
・何千人ものフランス兵が天然痘に罹患したがドイツ軍では発病した兵士は少量
・フランス軍で天然痘が発生したことがドイツ軍成功した理由のひとつ
・フランス人捕虜がドイツ一般市民(ワクチン接種していない人多し)に感染させた
とのこと。(引用元には詳細数字記載があります)
そして、独仏戦争後に、戦死者より天然痘死者の方が多かったことを反省して
ワクチン強制接種法の議論が始まる。
子供へのワクチン接種を義務付ける法律があり、多くの州政府が再接種を推進していたが、違反しても罰せられなかった。疫病が発生して初めて、州政府は積極的に行動するようになり全住民へのワクチン接種と再接種を義務付ける法案が提出され、予防措置に反対する者への罰金や懲役刑が適用されることになった、と。
この強制接種法は1874年に成立し1970年台まで有効であった、と。
議論の過程では、強制接種に
国民自由党が反対
進歩党が賛成
で、あったと。
wikiによると、ビスマルクは独仏戦争後は、
反対派の国民自由党と協力関係にあったとのこと。
以上が、ググった結果です。(私の個人見解は、ふくみません)
私の個人見解は、
・当時の種痘も(再接種すれば)天然痘予防に効果があった。
・再接種義務化法制化の過程で、推進派と反対派が論争
(ビスマルクが船瀬氏本のような事を言ったのなら、反対派としての発言か?)
・推進派勝利し天然痘撲滅の一助となる。
です。
船瀬氏著作記述を、
「種痘は天然痘には効果なかったのだ!」という意味あいで「鵜呑み」にしてはダメですよ。
★★付記★★
トンデモ大賞の人に、ケチ付けてもなぁ・・と思いつつ、
調べた結果は、私には、とても、有意義でした。
ビスマルクが反ワクチン派であったと歴史推理すると、非常に興味深い。
USや日本で進行中の、
ワクチン推進派 vs 反ワクチン派
の論争と同じですよ・・・