11月11日に🇰🇷KBS1で放送された
ドキュメンタリー『都市の記憶』
チュ・サンウクさんはプレゼンターとして
出演されています。

今週は第1部「計画された未来」
少し視聴できたので
さらっとサンウクさんのシーンを。
(うまく訳せてない部分あり)

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見始めた時、丁度サンウクさんが
高台へ向かう道を歩く姿でした。

俳優チュ・サンウク

彰義門

1396年、漢陽城郭を建てる時に建てられた

沙小門のひとつ。

彰義門は仁王山と北岳山が出会う場所に

ある門です

「漢陽城郭では撮影を沢山しましたが

彰義門は初めてですね」

彰義門案内所

「今日は城郭を一周しますか?」

「同じソウルでも ここで見ると違う感じですね」

「遠くから鐘路を眺めるのは初めてですが

映画のワンシーンのようです」


「風水地理について何も知らない私が見ても

山が鐘路を包み込んで守っている様です」

「ドラマ『太宗イ・バンウォン』で

こんなシーンがありました。

息子(ヤンニョン)と一緒に上京して

“(将来)お前が治める国だ”と

鐘路を眺めるシーンがありました」

「たぶん実際も

そのような感じだったんだと思います。

ここから鐘路を眺めながら

“ここが新しい朝鮮の首都だ”」と。


(それが第27話のこちらのシーン)

激しい確執のあった父イ・ソンゲが亡くなり

上王殿下となった兄バングァが

バンウォンを世子を気分転換と労いのために

城外に連れ出したシーン。

世子「上王殿下の仰せのとおり

肩の荷を下ろし もう苦しまないでください」

「分かった。そうしよう。

父を慰める方法が分かったのだな」

「見てみろ。将来お前が統治する国だ。

遠くの山の向こうにも民が住んでおるし
そのさらに向こうにも沢山の民がいる。
その民をお前がいたわり守らなければならない」

「だからお前に厳しくするのだ」

「はい 父上」

「これから頑張れるか?」

「はい 父上のお望み通りにやり遂げます」

(父イ・バンウォンに反発しまくりの世子

ようやく改心し いい方向に向かっていくと

思ったんだけどな〜この時は💦

息子を見つめる優しい父バンウォンの表情が

心に残るとても良いシーンでした☺️)


「首都を漢陽に定め、長い間発展を遂げ

今のソウルが作られているので

とても優れた選択だったのではと思います」

「ご先祖様たち、本当にすごいと思います。

いろんな面で賢くて」

(歴史に想いを馳せる😌)


歴史専門家のシム教授と会う

「教授 アンニョンハシムニカ」

教授「国王をお迎えしましたね。

私はチュ・サンウクさんを

ドラマで印象深く観ていたので

お辞儀をしなければならない気分です😊」

「ドラマは景福宮と同じ様に建てたセット場で

撮影するんです」

「朝鮮末期に朝鮮の地位を再建するという

考えから、新しく作ったものを基準に

復元したものです。朝鮮初期に

鄭道伝(チョン・ドジョン)が主導し

景福宮を作った時ははるかに小さかったです。

今の景福宮は2300余年位です」

「朝鮮初期には800間ほどの規模でしたから…」

「そうですよね。最初はちょっと

小さかったですよね?」

「新しく新都市をを作っていく時期ですから」

「セット場が少し小さいんです。

今の景福宮の規模にびっくりしました」

(朝鮮時代、中央官庁があった光化門前の

大通りを歩く)

「ここには吏曹、礼曹、刑曹、兵曹、司憲府など

国の主要機関がありました。

太宗イ・バンウォンが統率した首長たちが

その下の臣下たちと会議をした空間なんです」

「規模がとてつもないですね」

「道路の大きさひとつにしても

色んな話があるんです。

約50メートルの歩幅?を作ったそうです」

「朝鮮という国は

イ・ソンゲの能力はもちろんですが

鄭道伝の能力もあったじゃないですか。

鄭道伝は臣下が中心となった国を夢見ていた」

「鄭道伝は臣下のための国~

イ・バンウォンは王のための国を…

イ・バンウォンが王権強化に努め

鄭道伝は殺された」

「今思い浮かびます」

「私は光化門から大通りを最後まで

歩いたのは初めてです」

「いま正に本人(太宗)が作った通りを

歩いていらっしゃいます😊」

「私がですか?私が作ったんですか?」

(太宗が作ったんですか?)

(ユーモアのある教授🤭)

「今は歩きやすい街ですが都城市民にとっては

最も重要な飲料水と下水処理の場所です」

「光化門がここにあれば、その先の南大門が
真正面にあるべきではないですか?」

「でも南大門の正面にありませんよね」

「僕が知る限り南大門は少し横の方に

あるんじゃないですか?」

「そうです。沢山聞いて

気になっていらっしゃるんですか

朝鮮が主礼という中国の築城原則に基づいて

都城を建てますが

韓国と中国の地形自体が違いますから」


昌徳宮(창덕궁)へ

「太宗イ・バンウォンが実際に生活した

昌徳宮です」

「普通、宮殿に入ると道がまっすぐなんですが」

「昌徳宮は独特に道が曲がっています」

「目線で見ると一直線に見えますよね?」

「空中から見ると確かにハシゴの形に見えます」

「元々一直線に建てようとしたけど

間違えたんじゃないですか?」


(ドローンを飛ばして全景を確認する)



「上から見るとひどく曲がっていますね」

「不思議だ。この程度は間違いではないですね」

「わざとこうやって作ったみたいです」

昌徳宮を背景に佇む姿❤️

✨✨龍床✨✨

「撮影していた日を思い出しますね」

「ここで即位式を撮ってNGを100回

出た日が思い浮かびます。

(苦笑い😅)

「王座がから下を見下ろすと

訳もなく緊張します」

「(なので)人は落ち着いて

ひと言ひと言丁寧に言うことになります」

「太宗イ・バンウォンの撮影から2年くらい

経ったと思いますが、その時を思い浮かびます」


(それが第21話のこのシーン)


(父、継母、兄弟、妻たちとの確執や

冷徹な争いなどを経てやっと得た王の座。

イ・バンウォン姿が臣下たちの間を

堂々と歩く 貫禄ある姿と存在感✨

カメラワークや音楽+強めの目ヂカラで

テレビに釘付けで😍

何度も見るほど大好きなシーンです❤️

まさかそんなにNG出してたとは!)




厳かな雰囲気の龍床✨


当時を思い返す


「月台(ヴォルデ)って何ですか?」

「光化門の前に何十メートルある道が

一つあるんです」

月台・월대✳︎宮殿の正殿前などに 1m程度の高さで設置されているテラスの様な段台。by韓国歴史時代劇より)

「門の外ですか?」

シム・ヨンファン歴史N教育研究所所長

「実際月台が重要な場所だったのは

臣下の前で何かを見せたりする

重要な装置だったからです」

「月台は道のような感じではなく

コンサートの時に使う大きなステージ

みたいな感じだと思います」

「そうですね。さすが国王出身の俳優なので
何をすべき所かよくご存知ですね」😊

光化門月台復元事業 

1925年、対日抗争期の戦車敷設により

撤去された月台。2023年10月復元完了

「全然違う世界なんですよね」

「都心の真ん中に月台があるのも不思議ですが」

「元々は月台が先で次に都市ができたからで」

「ここは過去と現在が共存する

境界線じゃないですか」

「振り返ってみると、私たちが生活する空間

都市であるソウルで」

「振り返ってみると、歴史が息づく

私たちの誇り 光化門ですね」

(ナレーション チュ・サンウク)


🩵🩵🩵

なかなか興味深い内容でした。

太宗イ・バンウォンを演じたサンウクさんが

歴史を辿り ゆかりの地を巡ったり

プレゼンターをつとめているのもよかったし

サンウクさんのが好きなので

(聞き取れなくても)

ナレーションの声を聞いてるだけで

心地よかった😌


KBSらしい番組。

案内をされた教授がユーモアを交えながら

サンウクさんを王様俳優扱いしながら

わかりやすく説明されるのも

面白かったです。


ナレーション 주상욱さん


落ち着いた声が番組に合っていて

とても良かった👏

🇯🇵の京都二条城も紹介されていて

サンウクさんの声で

急に「キョウト、トクガワイエヤス」と

言っていて「😳!」ってなりました。


今回のサンウクさんもカッコよかったです





魅せ方🙆‍♀️✨


ざっくりとしか訳してないので

日本でも放送があればなー(期待薄だけど🥲)


《動画》

(cr KBS 다큐)