日本海海戦において、東郷平八郎率いる日本の聨合艦隊は、ロシアのバルチック艦隊を完膚なきまでに撃破しましたが、この戦いが日本海軍と世界の海軍に与えた影響は計り知れないものがありました。
それまでは、衝角とよばれる体当たり用の武器が軍用艦には設置されており、敵艦に止めを刺すのは体当たり攻撃であるというのが世界の海軍の常識でしたが、日本海海戦以降衝角は設置されること無く、海戦は戦艦の巨大な主砲によって決せられると言うのが常識となりました。
いわゆる、大艦巨砲主義です。
大艦巨砲主義が海軍の常識となって以降、世界の海軍は競って大口径大排水量の戦艦の建造を始め、いわゆる建艦競争が起こりました。
この時代に、有名なドレッドノード級戦艦、いわゆるド級戦艦が作られ、イギリス海軍が世界の海軍を一歩リードしますが、日本とアメリカも負けては居ません。
日本は相次いで大排水量・大口径の戦艦、扶桑や長門を完成させ、対米戦争に備える事になります。
しかし、ワシントン海軍軍縮条約で日本の戦艦の保有数が制限されていた事は戦術の通りですが、これに頭を悩ませた日本海軍はついに航空機の可能性に着目。
秘密裏に空母の開発を進め、鹿児島の錦江湾で真珠湾攻撃を想定した訓練を繰り返して、アメリカを始めとした連合軍の艦船を航空機攻撃だけで撃沈しようと言う野心的な作戦に着手を始めました。
そして日本が1941年12月に起した真珠湾での航空機攻撃の成果は、新たな教訓となり世界の海軍の常識を変えていく事になるわけです。
詳細は下記のブログで。
嶋根純一
嶋根純一