元魚屋従業員の徒然日記 -32ページ目

元魚屋従業員の徒然日記

母の闘病記録とどうでもいい日々の雑記

私が母の癌を知ったのは、今年の8月下旬。

 

その時勤めていたスーパーの鮮魚店勤務時間を終え

のんびりとお茶していた昼過ぎに突然、

父からの電話スマホで事態は急変しました。

 

「お母さんが、入院したんよ…今から病院来れる?」

 

風邪すらめったに引かない元気な母。

 

え?事故?何?

 

何があったのか聞いても

 

「病院で詳しく話すから…」としか言わない電話越しの父の声が

 沈んだ元気のない声だったことから深刻な状況とだけは分かった。

 

急いで入院先の「○○医療へセンター」へ行きました病院

 

病室にいる母は、思いの外元気でいつもと変わらない様子。

 

ですが、その元気な体の中で「癌」という病魔に侵されている事を

 その時初めて聞かされました。 

 

 この日は、詳しく検査をするための1日入院だそうで

 私が母の元へ駆けつけた時は、午前からお昼にかけ諸々検査を終え、

 ひと段落ついてる時でした。

  

その時に何を話したのかよく思い出せませんが

 健康診断で、たまたま引っかかってしまったものの

 全く自覚症状もないと話す母でしたので、

 

 「もしかしたらさ、何かの間違いで癌じゃないかもよw」

 

そんな願いも込めた冗談交じりの会話をしたのを覚えています。 

 

ですが、現実はそう甘くなく

 父曰く、担当の先生からは事前に

 

「詳しいことは検査してみてからになりますが、

 レントゲンの影も大きく、進行性の癌であることはほぼ間違いないでしょう

 と、癌である落胤を押されていたそう。

 

沢山の検査をしてきた末、

残念ながら、やはり癌と認めなければならない

 診断結果がでてしまった(しかもかなり進んだ)事に

 私なりに現実を受け入れることから始まりました。

 

旦那の前では悲しくて泣いてしまいましたが

 母の前では明るく前向きな言葉を掛けていこうと決めましたキラキラ