伊良部秀輝
2003年、金本知憲のFA移籍に沸く阪神タイガースにもう1人、超大物が入団した。
伊良部秀輝
ロッテ時代、当時の日本最高である球速158kmを記録、物議をかもしつつニューヨークヤンキースに移籍後も2年連続2ケタ勝利、ワールドシリーズ制覇も経験した豪腕。
その後やや鳴りを潜めていたたが、僕は彼の入団には金本以上のインパクトを感じた。
「今年はいけるで!」
2003年のシーズンが始まり、開幕直後やや調子の出なかったエース井川に代わり、阪神タイガースの屋台骨を支えたのは紛れもなく伊良部だった。
「巧打の助っ人左腕」トレイ・ムーア、復活の藪恵壹らとともに白星を重ね、そのうち調子の出てきた井川慶が加わっての快進撃!ブッチギリで首位を突っ走った。
その間、巨人にいた清原との「平成の名勝負」復活もあった。甲子園での巨人戦、オール直球で勝負して左中間スタンドに放り込まれたが、見ている方もすがすがしさを感じたものだった。
後半戦はやや調子を落としたものの、18年ぶり優勝の決まった試合、先発マウンドにいたのは伊良部だった。
勝利投手にはなれなかったが、赤星の劇的サヨナラ打を呼ぶ、ナイスピッチングだった。
本人はヤンキースでのワールドシリーズ制覇より、阪神タイガースでのこのリーグ優勝がうれしかった、と後に語っていたそうだ。
うれしいなぁ~
この1戦で、稀代の豪腕投手、伊良部秀輝は燃え尽きたのかもしれない。
日本シリーズ第2戦に先発した伊良部はいいところなく打ち込まれた。
その後、甲子園で3連勝して王手をかけた第6戦。
星野監督は、もう一度伊良部に賭けた。
結果は、また打ち込まれ、タイガースに来ていた流れはホークスに帰っていった。
それはそれで、よかったのかもしれない。
翌年以降の彼に関しては、ここで述べるまでもないだろう。
悲しすぎる最期だった。
マイク・ラインバックの最期を思い出した。
彼も退団後、事業に失敗して、悲劇的な最期を遂げた。
でも、阪神タイガースでの雄姿は、ファンの記憶から消えることはない。
日本人離れした体格、独特のフォーム、そこから投げ下ろす剛球は脳裏に深く刻まれている。
ありがとうございました。
合掌。
|