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つれづれ旅日記、ときどきプログレ日記

脳内整理:海外旅行、音楽、食、社会情勢などの日々雑感

1月9日(土)

7ケ月過ごしたボーズマンを前日に出発したものの、乗継地のミネアポリスでの悪天候により乗継便が欠航. 予定より丸一日遅れてPittsburghへ到着. 荷物を取りにノースウエスト航空のBaggage Claimにいくとおそらくなぜか前夜の便で到着したと思われる我々のスーツケースが(ポツンと)置いてあった. しかも結構なbroken状態で. 

受付のblack ladyは生意気な態度でこれはクレームの除外対象だという. スーツケースのWheelとfootの破損は受け付けないというが、いやいやそんなもんじゃない、壊れたのは本体であると主張してもなかなか埒があかない. 2人がかりで交互に訴えなんとか受け付けさせたのは約30分後. とにかくスーツケースの中身を箱に移して持ち帰り、本体は修理してもらうことになった. 

ピッツバーグ空港のタクシー乗り場には長い列ができていた. 寒い中を約30分待ち、およそ30分離れた市街中心部のOklandへと向かう. Driverのblackのおっさんは「Pittsburghは初めてか. ここはいい街だ、きっと気に入るぞ」と言っていたが、そうであることを願う. Managerからキーを受け取り入った部屋はせまい・ふるい. 前の住人であるLizの置き手紙があり、ソファーやテーブルをここにいるあいだ使ってもよいと書いてある. すぐ近くのスーパーGiant Eagleで買い物をして一日がおわる. 

ピッツバーグ市の人口はおよそ30万、周囲の都市圏を併せて捉えると200万人が暮らしているということになっている(*1998当時). アメリカの典型的な地方都市といった感じである.  1920年代から鉄鋼業が盛んな街として知られ、大金持ちといったイメージのあるカーネギー(カーネギー・ホールで有名な人)がその基盤を築いたところでもある. 

かつての街の写真をみると、あたり一面黒い煤煙におおわれ薄暗いイメージを受け、その後の重工業の衰退とともに街自体にも一時期活気が失われていたが、現在(*1998当時)はみごとに立ち直りビジネスの街として生まれ変わっているようだ. 市の中心部にはAllegheny River, Monongahela River, Ohio Riverといった3つの川が流れており、前の2つが合わさってOhio Riverとなってアメリカ大陸を流れていく. この3つの川にはさまれた所がdowntownであり、高層ビルが立ち並ぶ. 



街はいくつかの地区に分かれており、食料品店が集中するStrip District、ピッツバーグ大学とカーネギー・メロン大学がある学術地区のOakland、閑静な住宅街であり中心部には飲食店が並ぶSquirrel Hill、ファッション関係や飲食店の充実したShadyside等、これから散策する場所は数多くありそうな印象だ.