【出産までの経緯】②6/4 緊急帝王切開。 | 東洋医学と植物のちからと自己対話で心と身体をととのえる癒しびと miho

東洋医学と植物のちからと自己対話で心と身体をととのえる癒しびと miho

植物、香り、音…自然の力、そして自分との対話でこころとからだをゆるめて満たしませんか?
流産、死産、新生児死などでお子さんをなくした方のグリーフに、心と身体両方から寄り添います。

出産までの経緯、続きです。 


過去に遡っての記録になります。



長文です…まとめ下手ですみません。



ビーグル犬しっぽビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬あたま



とりあえず緊急入院の手続きを済ませて、MFICUでいきなりの入院生活が始まりました。


オットと母には荷物を取りに一旦家に戻ってもらいました。


入院準備は7割くらいできていたけど、直前まで使う物とかはバッグに詰めてなくて…でもそれが一番重要。


必要なものと、ある場所を伝えて持ってきてもらいました。まだ臨月まで日があると思って油断してた…


それ以外に、病院指定の物(弾性ストッキング、手術用腹帯)を病院内のコンビニで買うように指示がありました。←結局これは手術に間に合わなかったけど。



その間に私は会社の人事部へ連絡。



入院手続きの説明の中で、健康保険の『限度額適用認定証』の申請を早く済ませるように言われたので。


これがないと、MFICUの個室差額代や手術代(確実に帝王切開)で恐ろしい金額を支払わなければいけないとか… 

確かに初めに入ったMFICUの個室は綺麗で広くて快適?でした。 


人事の担当さんに事情を説明すると、定時ギリギリだったにもかかわらず、その日中に書類を郵送してくれるとのこと。金曜日だったので助かりました。
  

19時頃オットと母が荷物を届けてくれ、ようやく入院生活ができるようになりました。


夜にもう一度NSTを。



やはりまめたろの心拍が50になったり40になったりする時があって、その度にハラハラ、ドキドキ…


私もオットも母も、気が気じゃなくモニターをじっと見つめていました。


また140くらいまで戻ってはくるのだけど、いつ戻らなくなるか…と思うと心臓に悪い。



ずっとモニターをつけているわけにはいかないけど、不安な夜になりそう。これが続くのか…眠れないな。



オットと母も心配しながら帰宅。


晩ご飯を食べて、21時半消灯。



0時の巡回で簡単な機械で心拍確認したが、とりあえず異常なし。



だいたいいつも、0時半すぎから2時台が胎動が激しくなる時間帯。私が寝ようとすると激しく動くからなかなか寝れなかった…今ではそれが懐かしい。



なのに、2時初めにポコポコという弱い胎動があったあと動きがない…


あれ、変だな…
  

と思い起こしてみようとお腹を軽く叩いたりしたけど、キック返しがない。


3時になり看護師さんにちょっとおかしいと伝え、すぐにNSTで確認。



先生を呼び見てもらうことに。



先生『やはり心拍が確認できないので、緊急帝王切開で今から赤ちゃん取り出します』



私はこの時、今から帝王切開という事実の驚きよりも早く赤ちゃんを出してあげたい、という思いが強くて、『早く切ってほしい』とだけ思っていました。


前もって帝王切開の流れについて知っていたら恐怖や緊張もあったかもしれないけど、何の心の準備もなかったので逆によかったかもしれないです。



看護師さんに『旦那さんに連絡を』と言われ、


『今から帝王切開になったから』とオットへ連絡しました。



ベッドのままオペ室へ移動。



オペ室はすでに準備ができていて、慌ただしい雰囲気でした。



名前を告げオペ台に移ると、次から次に手が伸びて点滴やら血圧やら…あっという間に麻酔をかけられる寸前。



ばっと青いシートで胸から下を隠されて、天井の手術用のライトを見ながら


『コウノドリ』で見た世界だな…

 
とぼんやり考えてしまいました。


そんなことが今自分の身に起こってるんだ…







過去に何度か手術をしたことがあり、その度に術前はいつも凄く緊張するのですが、今回は不思議とまったく緊張しませんでした。


でも麻酔が入ってきた時は怖かったです。


『痺れてくるか眠くなるか、どっちかが先だからね』という声を聞いた直後、


どんっ!


と急に身体が動かなくなり息ができなくなって…。


シャットダウンしました。
















6月4日、3時50分。





まめたろは生まれました。






生まれたときは仮死状態。



その後蘇生、と母子手帳の出産の記録には書いてあります。





私は全身麻酔のため、その瞬間の記憶はまったくありません。



意識が戻ったのは、病室に戻った後でした。