2012/7/12 加筆・修正
************************************************
先週、音楽劇「リンダリンダ」を観て来た。37歳のオッサン一人で見に行くのは少々勇気が必要だったが、素晴らしすぎて、涙が止まらなかった。
 
舞台、ミュージカルを見に行くのはこれで5回目。
 
むさい男だった俺(今も?)は、ミュージカルとは縁遠い人生をずっと歩んでいた。初めて観たのは10年前、27歳くらいの時。今働いている外資系の会社がプチバブル状態だった頃、海外の工場への1週間の研修に行かせてもらった週末に、工場の偉い人が会社の金でニューヨーク、ブロードウェイに連れてってくれ、他のアジア人の同僚4人と一緒に、「美女と野獣(Beauty and the Beast)」を観た。席はど真ん中で結構良い席だったんだろうと思う。
 
楽しみにはしていたが、どんなものか、全く想像していなかった。もちろん英語で、歌の内容は聞き取れなかったが、涙が止まらなくなるほど感動した。言葉を超えて、心を揺さぶられるような感覚。時差ぼけで、感受性が高まっていた影響もあったのかもしれないが、「ミュージカルって素晴らしい!!」と感激してしまった。
 
帰国してから、ミュージカル、舞台鑑賞が趣味だった奥さんと知り合い、結婚。めちゃいけ、岡村さんの「ライオンキング」をテレビで見たりして、日本にも劇団四季という素晴らしい劇団がある事を知った。奥さんと一緒に、同劇団の「ジーザスクライストスーパースター」、「マンマミーア」、「ライオンキング」を観た。いずれも良かったが、涙が止まらなくなるほどではなかった。
 
そんな私だが、音楽劇「リンダリンダ」では、ニューヨークで見た「美女と野獣」以上の感動を覚え、涙でハンカチがグジュグジュになってしまった。それくらい、今の自分の年齢の切ない思いを、このミュージカルが代弁してくれ、ブルーハーツの曲がそれを魂に訴えかけ、松岡さん(40歳、Sophiaのボーカル)の生の歌声が、私の心を揺さぶった。
 
また、鴻上尚史さんの舞台、見に行きたい。私が5番目に尊敬する蜷川幸雄さんの舞台も観てみたいが、一緒に入っていたチラシを観る限り、蜷川さんの舞台は「近親相姦」とか、内容がヘビーそうなので、初心者の私は、ちょっとためらってしまう。
 
 
音楽劇リンダリンダを観た後、考えた。
 
舞台俳優さん然り、劇団然りだと思うが、「儲からないだろうな」とつい思ってしまった。一人約\8,000のチケット、収容人数多く見積もっても500名(売上400万円/day)、パンフレット、関連グッズを加えても、それに関わる俳優、スタッフ、会場費用等考えると、そんなに儲かるとは思えない。俳優さん達、相当な練習をして、素晴らしい公演を行っても、期間は約2カ月。1日の公演数は平日1回、週末2回が限界。もし息子達にアドバイスする事があったとしたら(私に似て、ブチャイクなので、あり得ないが)、私は「お金」を目的にするなら、舞台俳優は目指さない方がいいと思うよ、と多分アドバイスするだろう。
 
音楽劇のテーマである、「夢と現実との折り合いをどうつけるか」というテーマも、リンクしている気もした。ミュージシャンだって、俳優さんだって、30歳を過ぎれば、結婚をどうするか、生活費をどうするか、悩むはずだ。私自身は、22歳でサラリーマンの道を選んだ時点である意味、「折り合いをつけてしまった」のかもしれないが。
 
それはともかくとして、そんな舞台だからこそ、生の歌を聞く事ができ、俳優さん達の表情を観る事ができ、自分の席のすぐ横の通路を、俳優さん達が走っていくという素晴らしい演出を楽しむ事ができる。
 
ふと、「あ、これ、Facebookみたいだ」と、思った。
 
マスメディア(テレビなど)は、大勢の視聴者向けのメディアだが、ここまで俳優さんと観客の距離感は近くない。だからこそ、商売としては「儲かりやすい」。舞台と比べると、多分客の数が多分最低3桁、或いは4桁違うだろう。200名の舞台に対して、(視聴率2%としても)200万人のテレビ。
 
でも、だからこそ、マスメディアのテレビは、最近、「公共性」のしがらみに苦しんでいるように見える。数日前に、めちゃイケの「飲み会」の演出が、アルコールハラスメントを煽る内容だったという趣旨で、社長さんが謝罪していたというニュースが出ていた気がするが、「テキーラ一気飲み」は、確かにアルハラを煽るだろうが、規制を強めれば強めるほど、テレビ番組は「優等生向け」「面白くない」という方向にならざるを得なくなるだろう。つまり、不愉快な思いをする人に対しての、「気遣い」「心配り」を要求される。
 
FacebookのようなSNSが適度に楽しいのは、自分の友人という公開範囲を限定する事で、そういう「気遣い」を比較的少なくする事ができるからだと思う。人間生きていて喋れば、誰かを不愉快にするリスクはゼロではない。極論すれば、「私は今幸せです」と喋ったら、「不愉快だ」と嫉妬する人もいるかもしれない。そこまで気を使っていたら、しんどくて仕方ないだろうが。
 
でも、Facebookは実名なので、やっぱり「気遣い」は要求される。そこで私が併用しているのが、この匿名ブログ。匿名を前提にした世界なので、Facebookよりも「気遣い」が少なくて済む。・・・炎上は怖いが。
 
劇団がたとえ儲からなくても、先週、素晴らしい舞台を私に見せてくれた恩返し(?)のためにも、私も、Facebookや匿名ブログで、何か世の中に貢献したいな、と少しだけ思っていたりもする。
 
もちろん、基本的には、匿名ブログは私の「独り言」「愚痴」を好きにこぼしていい場所だと思うので、それ(世の中への貢献)を誰か他の人から強制されたら、多分私は激しく抵抗するだろうが。