あれからやっと1年が経ちました。
あっという間のようでまだたった一年しか経っていないんだっていう感情も生まれてます。

改めて手術前、手術後の気持ちを書くと

(手術前)
腰にボルト入れるっぽいけど大したことないでしょ、先生もいずれ抜けばいいって言ってたし、さっさと腰痛から解放されたい!

(手術後)
手術痛すぎる、、、え、固定したらもう二度と腰曲がらないの?ボルト抜いても意味ない?聞いてない、、、説明受けてない、、、やばい。取り返しつかない。

ここからメンタルがおかしくなり精神科に初めて行った。体も弱っていたのか、、術後1ヶ月で術後感染症で再入院し背中を再度切開、、また追加で1ヶ月入院。
頭も身体も人生設計もおかしくなった。毎日泣いて、恥ずかしげもなく親にも電話して絶望している気持ちを吐露していた。
何度調べても自分はアホな手術をした。セカンドオピニオン受ければよかった。今も毎日後悔している、


それから気持ちはなんとか持ち直して仕事も復帰。
でも、毎日腰にへばりつく鉄の塊のような感覚、しんどさ、疲れやすさ、庇うことによる他の箇所の痛み。
正直まだ人生が50年はあることに絶望している。

そのうちのたった一年がやっと過ぎたんだと。


今夫婦で子供も考えているが、私が無理してお願いして不妊治療をしている状態。
本当にこれでいいのだろうかと、、子供はどうも思うのか、こんな私で支えられるのか、、毎日不安に押しつぶされそうだ。


そういえば、ブログの写真は先月友人たちと言った沖縄の朝。
旅はやっぱりいい。少しでも腰のへばりつきを忘れさせてくれた。

今思うと毎日、毎分、毎秒、意識のどこか意識のどこかに必ず腰への不快感が占めている。落ち込んだ日は90%は占めている。常にいるんだ。だからか昔より余裕がなくなっている。


物を持ち上げる時、階段降りる時、信号渡りたくて小走りする時、階段踏み外した時、椅子にちょっと座って腰が曲がらなくて不便な時、床に腰掛ける時、あらゆる時に不快感が滲み出てくる今感覚。一生付き纏って、こんな感覚がなかった頃の風呂上がりにゴロンと好きに寝転がった時のあの気持ち、軽くランニングして、気兼ねなくジャンプしてたあの感覚。何をしててもただ気持ちいいっていう瞬間を失ってしまった。


一生戻れない。34なのに。来月には35か。



もし、固定術するか迷っている若い人がいたら必ずセカンドオピニオンを。いろんな選択肢を知ってほしい。

私は失敗した。もし1人だったら自殺してたと思う。

親より先になんてありえないって思ってたよ。

でも残された時間をこの腰と共にと考えると絶望するんだ。すべてがナガティブになった。腰痛があった頃の方が100倍幸せだった。


わかったます。私より辛い環境、辛い病気たくさんあるし戦っている人もいる。生きたいのに生きれない人もいる。
わかってるんです。
でも他人はやっぱりみんな他人事なんです。私の辛さなんて見た目に見えないし、話しても大変だねで終わるんです。もちろん自業自得です。

でも希望がほしい。自分で何か見つけないとと思うけど、甘ったれた生き方をしてきたから。わからない。見つけられない。それがら子供だったのかもしれない。そんな理由で、、、最低だ。




でもきっとこのままなんとか生き続けていくのかな




長文駄文、見苦しいし情けない、まとまりのない日記になってしまった。

どうか、医者は全てを語るわけではないこと、知ってください。自分で調べて、聞いてセカンドオピニオン受ければ私みたいにはなりません。