皆さんがそうであるように、私もまた、両親から目に見えない「遺産」をもらうことによって、生かされています。
でも、それは「正の遺産」であったり、「負の遺産」であったり・・・
中には、歓迎できないものもあるのも事実です( ̄_ ̄ i)
今、私が言葉を話せるのは、間違いなく母が与えてくれた「正の遺産」です。
赤ちゃんのときに話しかけてくれたり、笑いかけてくれたり、人間的な扱いを受けた恩恵なのです。
それがなければ、今ここに存在することさえできなかったでしょうから。
しかし、子供というのは、自分にとっていいもの悪いものを取捨選択する能力がありませんから、純粋であるが故に、両親の悪い癖や行動までそのままコピーしてしまいます。精神的にも、肉体的にも、免疫力に欠く存在です。弱い存在で、大人の助けなしに生きられません。
親だって君子聖人ではないですから、知らず知らずのうちに、子供に悪いものまで引き継がせてしまうこともある訳です。大概の場合、それは悪気があってなされるものではありません。
そうはいっても、子供にとって根本的かつ精神的に、壊滅的なダメージを与えてしまう親もいるわけです。
虐待なんてその典型なんでしょうね・・・(x_x;)
もうそれは、同じ大人として許せるレベルではありませんが・・・
社会としても、決して許すべきではありません。
そんな大層なものでないにしても、親からもらった「負の遺産」というものは、程度の差こそあれ、だれの胸の中にも存在すると思います。
こっちを向いて欲しいときに母親がこっちを向いてくれなかった・・・そんな経験は誰にでもあるでしょう。
それは「心の傷」として、知らず知らずのうちに蓄積されていきます。
「与えて欲しいときに与えられなかった・・・」
そんな思いをするうちに、無意識に他人に対して心を閉ざしてしまう・・・ということが、とても私の中では多かったと思います。そのうち、心の傷さえ「なかったことにしよう」と、自分自身にそっぽ向いてしまいました。
他人に心を閉ざし、且つ、自分自身にそっぽ向いて・・・・
そうやって、精神レベルでは、引きこもっていた時代が長かったです。
そんな中で得られるものは、すべてよくできた偽物でした。
そんな過去への反省として・・・
他人に心を閉ざすのを止めようと思います。
その人そのものをしっかりみつめれば、その人が求めていることが分ります。
それは「与える」という行為です。
与え続けるという態度に出れば、必ず自分の中に欠けているものが見つかってしまいます。
それは、間違いなく過去の傷から派生しているのです。
人を在るがままに見て、自分自身と対話すること。
時には落ち込んで、子供のころの自分と対話しなければならないでしょう。
それは苦しい試みであるかもしれません。
それでも、感情に流されず、大人である自分がありのままを受け入れれば・・・
思ったより、平気なことかもしれません。
通過してしまえば、すべては輝かしいものとして認識されだすでしょう。
これまでは精神的には死んでいましたから、そしてそれさえ分らないくらい感覚が鈍っていたわけですから、本当の意味での誕生を今したばかりなのです。
まだまだ前途多難でしょうが・・・
どんな瞬間にも「与える」という行為を、決して忘れない・・・
それだけは、心がけて進んでいきますm(__)m