しこりを見付けて予約を取り付けるまでに、新たな恋の進展があるかどうかという出来事があった。相手の方が転勤になるというきっかけに、知り合って数年になるけれどこれでお別れと思うと名残惜しい気持ちで、周りからも先方にも好意があると後押しされてアプローチして、良い返事を貰ったと浮き足立っていたが、もし癌だったら始まる前から申し訳ない価値のない女だと葛藤した。しかし引越の日から連絡を絶たれてしまっていた。全ての事に絶望した。

 

なんとか仕事に打ち込みつつ、辛い日々を乗り越えて受診日を迎えた。電話での無愛想な様子とは裏腹にクリニックらしいアットホームなところで、先生も優しい感じだった。初めての乳がん検診のうえに腫れたしこりをマンモグラフィーで挟まれ辛かったが最低限の圧にしてくれたので大丈夫だった。続いてエコー、空気が重い。そのまま生検のため細胞の採取をした。注射器などで採るのかと想像していたが、専用の機械があって電動釘打ちのようなイメージだった。先生と看護士さんで、傷口が目立たないように気を使ってくれているのか、しこりを出来るだけ下に(私の場合しこりが内側上部にあったため)押し付けてから2~3度打たれたような気がしたが、傷口は一つだった。絆創膏やガーゼなどで大げさ過ぎるほど圧迫して終了。休んでも良かったが、その後、仕事に行った。

 

10日後に結果が出るとのことだったが、いろいろ考えていたような気がする。いや、それまでにたくさん考えていたので、考えていなかったのかもしれない。当日はどんな心境になるのか自分自身でも分からなかった。泣いてしまうのか、ホッとするのか、どっちの意味なのか。自分でも制御不能になるのが怖かったので仕事は休みにしていた。

 

普通の人なら、癌だったらどうしよう、と考えるのであろう。でも私はそれまでの3年間が絶望的な事ばかりで、人生に明るいものが何も見えなくなっていたので、癌だったらこれ以上将来の不安に押しつぶされそうになり路頭に迷う事もなく傷つくこともなく天寿を全うできるんだという、終焉に期待さえしていた。そのため逆に、癌じゃなかったらどうしよう?とさえ考えていた。

 

結果は不明瞭なものだった。『良くない細胞が摂れていたけれどはっきりしないので、大きい病院で詳しく調べて、良くないものには違いないから取りましょう』と紹介状を渡された。じゃあ無駄な検査だったって事?恐らく検査ばかりのクリニックの為、告知など明言はしない主義なのであろう。2回の受診で1万円弱だった。白黒つかないことしか言われず朦朧とした気持ちで帰宅し、紹介先の総合病院に予約の電話を掛けたが、それからまた2週間ほど先しか予約が取れないとの事だった。

 

すぐに詳しい検査も受けられず悶々としつつ、先生の言っていた『壊死物質』という言葉を調べた。≪壊死物質が観察 された標本の87.3%は悪性であった≫と書いてある文献を見付けた。ほぼ癌ってことだと自覚した。悶々とした気持ちを晴らすために、何でも話せる変わり者のおじさんの飲み友を誘って食事のあと飲みに行った。誰かに話したかったので酔っていい感じになった時に状況を話した。私以上にショックを受けていたようだった。その時偶然居合わせたゲイの飲み友が、『まああんたの人生だから選択は自由だけど、いなくなったら勿論さびしいわ』とドライに言ってくれたのが逆に泣けてきて、その夜はわんわん泣いてしまった。