12月6日は心斎橋で教育みらいフォーラムに参加

三津寺で、沖縄からわざわざ来てくださった、
沖縄珊瑚舎スコーレという小学校の校長先生、星野人史さんとの座談会を含めた
勉強会みたいなのにいってきたー!
現役の小学校、中学校教師の方も、わたしみたいな大学生も来てて
すっごいおもしろかったよー(^ω^)

授業とはなんなんだ?
授業とはどうあるべきなんだ?
というテーマを軸にいろんな人といろんなお話をしたんやけど、
何か今のわたしの立場って、とっても不思議な立場だなーと思いました。
大学生であるわたしたちは、教育を受けてる立場でありながら、成人である。
学校にいるときはこども。
外に出るとおとな。
そんな私が、ついこの間まで絶対的な“おとな”として見ていた、
現役の教師のみなさんと肩を並べて対等に話してる。
何か不思議でしょうがなかった。
感覚としては、小学生の自分が担任の先生と話してる感覚に近かったし、
けど、相手は、大学生といえども普通に20歳の若者として扱ってくれる。
自分が『大人』になるのが早すぎて、何かすごい寂しくなったけど
『あぁ、もうすぐこんな風に、“おとなのひと”やと思ってた人と普通に同僚になっていくんやな』
って、思ったー。
これから大人になっていく私たちやけど、小学校・中学校・高校の授業とか、先生とか、結構すぐ思い出せるやん?
けどね、不思議なことに、大学を卒業したとたん、その記憶たちがものすごく遠い遠い記憶みたいに感じてしまうらしいよ。
いややな。
忘れたくないな。
だからこそ、今のこの何とも中途半端な立場で教育について考えるのはすっごい大事なんじゃないかな
。
こんな何とも不思議な立場でふわふわしてる今の時期に、この座談会に参加できてよかった!!
社会人になったら、二度と思い出せなくなる(らしい)感覚を今、フルに使わないとね

星野人史さんのお話についてやけど、
今の小学生・中学生。高校生にとって、
一番嫌いな時間は、1位:授業
という生徒や児童がとっても多いらしい。
確かにあたしも昔はそう答えてたかもしれへんなー。
そこで、授業とはなんなんだってことをお話してくださったんやけど
本来、人間こそが創造者・想像者なはずやのに、
今は、決められた価値を覚えこむことがよしとされる。(つまり、俗に言う“暗記”)
↓
考えなくても、覚えこめばいい成績がとれる。
↓
いい大学にいける。
逆に覚えることが苦手で、考えることが得意な子は、なぜか学校ではいい成績がとれない。
↓
劣等生扱いをされる。
↓
社会的に弱い立場になる
今まで、今の日本の教育って、軍国主義とか富国強兵の制度が抜け切れてないとかよく本で読んだり、テレビでゆわれてたりしてたけど
いまいちそれよく分からんかってんな、けど、その意味が何となく分かった気がした(・∀・)
『授業とは本来、そこにいる人、その時でしか経験できないもの。
ドラマが生まれる場なんだよ。』
『価値観も生き方も違う人と交わることを楽しめる力、つまり他者性を養う場。
それが授業なんだ。』
星野さんはそうおっしゃっていました。
ふたつめの『価値観も生き方も違う人と交わることを楽しめる力』、
これすっごい大事やんな!
そっから、星野さんの模擬授業が始まったんですが
あなたから
きたるはがきの
書き出しの
雨ですね
そう けふもさみだれ
この詩を読んで、『あなた』って、誰だと思いますか?
それは、なぜですか?
授業の内容としては 詩の読み取り です。
けど、この星野さんの、
決して熱血漢とか、あついオトコってゆうわけじゃないんやけど、
『お前達の全てを受け止めてやる!!』ってゆう姿勢が
『何を言っても、何を思ってもいいんや。』ってゆう安心感と
他の人を受け入れようとする気持ちで満ちた、何ともいえない、ものすごい一体感を生んでた。
18歳から50歳過ぎたおじさんの参加者全員を相手に、
見事に引き込まれていく授業を展開してた!
みんな小学生みたいに星野さんに釘付け(^ω^)
ほんまに感動したし、
違う人の意見が、すーっと入ってきた。
純粋にみんなの意見をおもしろいなって思ったし、
小学校に戻ったみたいやった。
みんな純粋に違うひとの話を聞いて
『ほー・・・』
『なるほどー・・・』
とか思わずリアクションしてしまうこの空気感。
他の人を受け入れようとする寛容さで満ち溢れてた。
それって、すごい鳥肌たつくらいすごいことじゃない?
こうやって感動してる時点で
本当にいかにこんな授業を今まで私も含めてみんな経験してないかってことやんな。
普通、『こんなんゆったらあかんかな?』とか思って、なかなか自分で発言しや子多いし
『あーあいつこんなん考えてあほやな』とか見下したりする子もいるやん?
それって、ほんま先生の受け止めてくれる安心感がすべてのカギを握ってると思った。
なんか、ただひとつの詩を読んで想像するだけのこの授業やのに
いい意味で、何か尾を引くというか、消化不良な感じを強烈に残していく。
帰り道で、お風呂で、ついその授業で考えたことの続きを考えてしまうような。
一人で少し考え込んでしまうような。
それってもちろんこの詩自体がすばらしいってゆうのもあるんやろうけど
それが本来授業のあるべき姿なんじゃないかなあ。
んであたしの最近のブーム、
『少し否定的に見てみる』の結果、
最近、思ったことをみんなに伝える力。
つまり能動的になることばっかりがよしとされるけど、
まずはこんな風に受動的になる楽しさじゃないかなって思った!
ひとりで考える楽しさね!
それって、ただ授業を聞き流してたら受動的も能動的もくそもないやん(°∀°)?
んで、『あなたとは?』について。
恋人
愛人
自分
別れた人
大切な人と死別したとか、何か自分と同じ悲しみを抱える同志のような人
妻
今は亡き、肉親や恋人からの、昔もらった手紙を読み返してる
とか
いろんなひとがいたよー!
小学生・中学生・高校生の中には
病気で入院してるお母さんとかゆう意見もあるらしいよー
みんなの意見を聞いて、
ああ、今、それぞれに全く違う世界観を瞬時に描いたんだなと実感して
その瞬間、今日初めて会った参加者の皆さんのことを、たまらなく愛おしく思ってしまった。笑
ちなみにわたしは
『あなた』は、恋人やとおもったんやけど
雨ですねって問いかけられるくらい、つまり同じ雨雲なくらい近くにいるけど
何だかの理由でどうしても会えないふたり。
せめて近くにいるんだよってことを感じたくて、同じ気持ちを共有したくて
女性が男性に送った手紙やと思った。
・・・けど、星野さんの話を聞いてて気づいたんやけど、
これ、手紙やんかあ。
いちいちポストに入れてたら、一日経ったら雨あがっちゃうやんな?w
メールなら今すぐ伝えられるけど。
あーあたしって、メール世代なんやなって、実感したー。
自分のこと結構古風な方やとか、うぬぼれてたわw
タイムラグのこと考えてなかった。
現代っ子ばんざい(゜∀゜)笑
12月6日おーわり!
ほんとに素敵な一週間だったなー。
一週間の総括。
あたしは、いろんな人と自主的に関わるってことの意味を履き違えてたんかもしれへん。
関われば、自分が具体的にお手伝いできることができるんじゃないか。
仕事が舞い降りてくるんじゃないのか。
実績が残るんじゃないのか。
そう思ってたよ。
とにかく、誰が見ても『動いてる、社会を変えてる』風に見られたかったんかも。
けど、現状を把握して、課題を発見して、希望を見つけて、理想を持って、
自分を奮い立たせて。
こんな社会を創りたいってゆう気持ちが明確になってきて。
こんな風に書き出したら、この気持ちを持てたこと自体が
すごいほんまは大切なんかもな。
ここに少し立ち戻ることができた。
ブログ書きながら。
考えることに物足りなさを感じ始めていたわたしは
outputしたくていつのまにか無理やり仕事を探していた。
実績を残すことに必死になってた。
無理やり、誰かのために何かしなきゃって
考えてるだけに思われたくなくて
早く次。早く次って。
いっけねーw
ペースダウンしよ。
一旦足踏みしよ。
風呂敷整理しよ。
『教育について考えるのは、今は趣味感覚にしとこう。』
これ、これ分かっただけでだいぶすっきりした。
何でもかんでも詰め込みすぎたらわけわからんなるわ。




