MHリトルショート
冬が好きだ。冷たい風が吹き始め、いつの間にか景色も色を失っていく。雪が降れば一面雪景色で目の前が白一色となる。個人的な意見だが世の中には色が溢れすぎている気がする。人間の服装や建物の色、道路だって色がふんだんに使われている。建物の中に入ったって内装のこだわりはすごい。先日都内の飲み屋で女主人が言っていたが、間接照明のトーン1つだってこだわっているそうだ。個人個人の自由が溢れている。別に悪いことじゃないが私はあまり好きじゃない。目に見えるもので人の性格が分かるようになったが、そのせいで見えなくなったものも多いんじゃないだろうか。今まで時間をかけて見ていたものから目を伏せてはいないだろうか。辞書を引いて読むことで培われた経験がググることで無くなってはいないだろうか。実際にスポーツをする楽しみをEスポーツの登場で消してしまってはないか。外界の季節の変化を楽しむ気持ちを忘れてはないだろうか。決して悪いわけではない。ただそんな趣として大切にされてきた気持ちが、楽しさと便利の影で無くなっていくということもまた忘れてはいけないと思うのだ。話が大分広い範囲までいってしまったが、今回私が言いたいのは目に見えるものだけが大切ではないということだ。これからお話しするのはそんなことを強く思えたって話。
時間が経つのは早いもので、今日はもう出立の日になっていた。母親は少し寂しそうな顔を浮かべている。実家に帰ると毎度思うのだが1年も2年も会ってないわけでもないのだから少しは慣れたらいいのに。私はいつも仏頂面な父親に軽く挨拶だけ済ませた。父親はきっと私が帰ろうと何も思ってはいないのだろうが一応、いつも父親としての言葉をくれる。頑張ってこい。何か困ったら頼ってこい。人様に迷惑はかけるんじゃないぞ。いつも優しい言葉をかけてはくれるが私に期待の言葉などかけたことはない。おおよその信用もされてはいないのだろう。まあ思春期のガキでもないのでこんなことで落ち込みはしない。スーツに着替えて、荷物をまとめていると私の携帯がメッセージを受信した。『11時半にはみっちゃんちつくわ。』
私の数少ない友達の古山巽からのLINEだ。この男との付き合いは長い。高校を卒業出来なかったいわゆるバカだが、決して頭が悪いわけではない。友達思いな頼りになる友人だ。今回も私が東京へ戻るので京都駅まで車で送ってやると言い出したのはこの男だった。私は用意を済ませて玄関の前で車が着くのを待っていた。
10分程待っていると白い軽自動車が止まった。助手席に古山が乗っていた。軽く挨拶をして、車に乗り込もうとすると後部座席には宮田が座っていた。宮田は中学からの友達で中学3年の時はよく遊んだ仲だ。見た目はえらく粗暴な、ヤンキーだが私が知る限りこいつ程根が優しいやつはいない。私は宮田の横に乗り、運転席の男に目をやった。この男も私の友人の1人だ。いちいち説明するのも億劫なので少し説明は省こう。しかし数いる私の友人の中から1人を抜き出して友人と呼ぶのもバカらしい。便宜上、仮の名前として「飯田」と呼ぶことにしよう。ちなみに言っておくが今回の話はこの飯田が主人公だ。
高速に入り、エンジン音がうるさい。この軽自動車は飯田のもので非常に雑な扱いのせいですでにボロが来ている。社内はタバコとは別の何か異様な匂いが漂い、足元にはゴミが散乱している。この車に乗り込んだ人間がゴミをそこらに捨てることが原因ではあるものの、掃除をしないことが飯田の人柄を表しているだろう。社内で何を話したのかはあまり覚えてはいないがきっとどうでもいい内容だったことは確かだ。そうこうしていると車は京都駅へと到着していた。近くのコインパーキングに車を停めて、我々は京都駅の構内へ向かった。道中で飯田が私に聞いてきた。「みちか、新幹線のチケットはもう取ったん?」仕事は明日からだし、予定もないので私は新幹線のチケットは取っていなかった。その旨を飯田に伝えると飯田はふーんといった感じで特に反応は無かった。特に興味も無いのならなんで聞いたんだと思ったが、まあ友人との会話などそんなものだ。駅に着くと時間は13時頃になっており、頃合いなので昼食を取ることにした。しかし最近は駅の構内もオシャレになったもんだ。昔はサラリーマンが立ち寄る居酒屋チックな店が多かったのに、今はイタリアンに、海外で有名なカフェレストラン、中にはお茶漬け専門店やスープストックなんかもある。完璧に20~40代の女性をターゲットにした専門店が軒並みだ。我々田舎の若い男性陣には少し入りづらかったが、またしても女性向けのパスタの専門店があったのでそこに入ることにした。店内はやはり女性が多く、男といえば彼女連れの若いカップルくらい。各々好きなパスタを頼んだ。メニューもこだわりが強いのか名前が恐ろしく長い。~の~と、~の~風パスタ。メニュー名で句読点が入るんだから驚きだ。30分くらいでパスタは出てきた。私は和風パスタ(長ったらしい名前は省く)を頼んでいた。味は少し薄かったがスープパスタとしてみれば納得がいくほどの味だ。特に不満などなく黙々と箸を進めていると隣の飯田がいきなり笑い始めた。笑うというか正しくは嘲笑の類の笑い方だった。3人が飯田の方を見ると、「いやさ、なんか味薄くない?おいしい?」と飯田は言い出した。私は多少似た思いを持っていたのでその感想自体を咎めるつもりはなかったが、それにしてもこいつは少し声がでかい。この店にいる全員に聞かせて、気分を害させるつもりなら大成功だ。当然店の従業員にも聞こえていたようでこちらを少し怪訝そうな顔で見ている。我々は聞こえなかったふりをして一刻も早く、この店から出るべく箸を早めた。
昼食を終えて、タバコを吸うべく一旦駅を出て近くの喫煙所へと向かっていた。歩きながら私は宮田と仕事の話をしていると隣で飯田がまた口を開いた。
「みちかさ、もう新幹線取ったん?」
私はあっけに取られながら、こいつは一時間しか記憶が持たないミステリー映画の犯人か何かかと思ったが、「あー、うん」
と一応の返事だけしておいた。この質問に特別意味など無いと思っていたためこの時は大して気にも留めていなかった。喫煙所でタバコを吸っていると大学自体を少し思い出した。学校が京都にあったため、友人とよくこの辺りで遊んだものだった。喫煙所から見えるあのバルでは女の子と食事をしたこともあった。少しセンチメンタルな気持ちに浸っていると飯田はまたもや質問を投げかけてきた。「新幹線のチケットとった?取っといた方がいいで。無くなったらあれやしさ。」
「いや、時間決めてるわけじゃないしな。土日とはいえ三連休でもないから全部は埋まらんやろ。」
飯田は少し不満そうな顔でこちらを見ているが何も言わずにまたもやふーんといった反応だった。何なのだこの男は。しきりに私にチケットを取らせたがっている。さすがの私も少し気になってきた。何か予定でもあるのかと思ったが飯田の予定に興味が無かったため、ここでも私は何も言わなかった。タバコを吸い終わるとまた歩き出した。他愛もない会話をしながら我々は京都駅の外周を周っていた。散歩といったところか。別にやることなどないがそのまま帰るというのは味気ない感じがしていた。私は友人たちもそれをくみ取ってくれて黙って付いてきてくれているものとばかり思っていた。10分くらい歩いていたところだっただろうか。飯田はとうとうしびれを切らした。
「ちょ、まだ新幹線のチケット取らへんの?てかいつまで歩いてんの?え?なんかすんのこっからぁ!!」
飯田以外の3人はあっけに取られていた。我々の様子を知ってか知らずか飯田は畳みかける。
「みちかもう時間決めろよ。お前が帰らへんからずっと歩いてんねんぞ!無駄やろこんな時間。」
「いや、え?お前なんか予定あったんこの後?」
飯田は答える。
「別に予定あるとかじゃないけどさ。え?このままどっか遊びに行くんやったら行くけど、お前帰るだけやろ?」
私は参ってしまった。いや、飯田は悪いわけではない。おそらくこの飯田の意見は皆持っていたはずだ。私だって思っていたくらいだ。いつまでも歩いていたって変わらない。私は帰るために3人に京都駅へ送ってもらっただけなのだ。そこに他の目的などない。いわば無駄な散歩だったろう。しかし、誰も触れなかった。誰も口に出して言おうとはしなかった。飯田程気持ちが強くなかったか、それを口に出すことを嫌ったかのどちらかだろう。飯田だけだった。口に出してこんなにも露骨に態度に出したのは。私は何も言うことはなかった。ただ少し遠い地で生活をしており、少しばかり久しぶりに会った友達との時間を惜しんだだけだった。実際にはそこまで惜しんではいなかったのかもしれないがその見えない時間を私は大切にしたかったのだ。私、いや我々は。
結局私は友人達に「悪かった、帰るよ。なんかごめんな。」
とだけ言い残し新幹線の席を取り、別れを告げた。帰りの新幹線では暖房が少し暑いくらいだったが、私はコートを脱ぐことは無かった。別に寒いわけではなかったが、あたたかくは無かった。
