




















この記事は自分語り色が強いポエマーなものになってしまいました。
(あれ。いつも自分語り煩いかワハ
)
苦手な方はごめんなさいね。
今日は、感情があらわになるような悲しい気持ちで目覚めました。
沢山の人と関わる、という事は、沢山の人の『人生』に関わることだ、とわたしは信じています。
わたしは『出逢い』を大切にするタイプの人間だと想います。
……今は。
昔はそんなこと、『考え』も、しませんでした。
浅く生きていたからです。
どうでも良かった。何も関係ない。
良いも悪い、もない。
わたし、がル―ル。
わたしが全て、だってね。
そんな嫌な感じなひと。
好きなことをして、好きなだけ、好きに自由に生きてきました。
欲望の気の向くまま、を選んで、『Listen to your heart』とか、ね、
自分の為、だけ、に生きてきました。
そんな自分を振り返った時、わたしは自分が自分に嫌悪していることに気付きました。
また、空っぽだな、と。
人生が何となく、流れていく感じ。やり甲斐もないし、いつ召されても宜しい、とでさえ。恐らく。
彼に出逢い、変わりました。
すこし、だけ。世界の流れ的、に変わりました。
奥さんになったから変わっただけ、のこと。
娘を産み、変わりました。
やっぱり母親になったから変わっただけ、の『成長』。
変わったことは変わりましたが、『根源』は何も変わっていなかった。
つまならない。
何か、物足りない。
『プランB』を考えている人生。
離婚とかいまは無いけれどあるかも?
起業する?
夫に負けたくないから。あれ。何だろう、競争?
夫がライバル、のような。
夫は居て当たり前だ、けれど、争いは避けたいからあまり口出しをしないようにしていました。
幸せに見せかけて、
わたしはまだ空っぽのまま、でした。
ばいだウェイ。(BTW)
我々は世界中にお友達がいます。
ですから、毎日、様々な情報を聴き、見ます。
わたしはこころが痛くなります。
泣いた。
胸が締め付けられる、とは実に匠な表現で、わたしはそれを体感する度に大粒の涙を流してしまう。
で、今日はそんな日でした。
嗚咽したのは久方ぶりか。
コメディアンの方。いつも人を笑わせていて。
それはまるで義務のようで。
いつしか彼の笑顔は貼り付いた仮面みたいになってしまわれて。悲しい顔なんて見せたこと無かった。
大丈夫かな、思っていたら、自殺未遂をされた、と。
やり切れない気持ち。
そんな気持ちを抱いたまま就寝してしまった為、今朝は浄化のできていない不思議なこころ持ちで目覚めたのだ。
メモリアルデイ。昨日のこと。
それでも、わたし達は、生きていかなきゃいけない。
何故。
わたし達は、悲しみのなかにひかりを見つける。
わたし達は、苦しみのなかに喜びを見つける。
わたし達は、弱さを強みに変えて『成長』していく。
大丈夫。
傷は癒える。今は気づきの時ですね。
そう、せざるを得なかった、自分に嘘をつき続けた人生、を振り返る時なのです、と。
悔い改める時が来ました、と。
恩恵、という意味を知る、こと。
愛は神から教わった。
テモテ信徒への手紙 第1章
13 わたしは以前には、神をそしる者、迫害する者、不遜な者であった。しかしわたしは、これらの事を、信仰がなかったとき、無知なためにしたのだから、あわれみをこうむったのである。
14 その上、わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスにある信仰と愛とに伴い、ますます増し加わってきた。
15 「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった」という言葉は、確実で、そのまま受けいれるに足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである。
16 しかし、わたしがあわれみをこうむったのは、キリスト・イエスが、まずわたしに対して限りない寛容を示し、そして、わたしが今後、彼を信じて永遠のいのちを受ける者の模範となるためである。
17 世々の支配者、不朽にして見えざる唯一の神に、世々限りなく、ほまれと栄光とがあるように、アァメン。

















