神奈川県小田原市の先輩のお宅にお世話になってやがて3週間になります。

他人様のお宅ではありますが、過去に何度も長期で滞在させていただいてるので自宅同様に寛いでおります。


今日は私が20代後半のまだ可愛かった頃(笑)お世話になったこのお宅の主である23歳年上のN先輩のお話をいたします。

⬆️85歳のNさんと87歳のご主人Jさん。

朝食は毎朝縁側の陽のあたる場所でいただきます。

NさんとJさんが初めて出会ったのは今から30年くらい前でした。

Nさんは日本人のご主人と一緒に当時住んでいた鎌倉のバーで飲んでいて、日本に駐在中だったアメリカ人のJさんご夫妻と出会い意気投合したというのです。

Nさんもご主人も当時イギリスの出版社に勤務されていて英語での会話に不自由はありませんでした。

その後も度々4人で会食したり、Jさんが帰国後アメリカに招待されたり長期に渡り家族ぐるみの良い関係を築かれていたそうです。

ですがNさんのご主人が癌になり、2018年にお亡くなりになりました。

一方アメリカ在住のJさんご夫婦もおひとりになったNさんを心配されていたのですが、なんとJさんの奥さんも2年後に癌を患い、寂しがっているNさんをよろしくとご主人に言い残してお亡くなりになってしまいました。


*仲良し4人組がお元気に国際交流されていたころのお写真を拝借いたしました。


お互いの伴侶を亡くし、海を隔てて残されたお二人はもう一度再会をと強く願いましたが、コロナ禍での渡航は難航し、Jさんが予約していた日本へのフライトは何度も余儀なくキャンセルされてしまいました。

仕方なくネットや携帯電話でお互いの思い出話を語り合う日々でしたが、やはり実際に会うのとは違いますよね。

そして2年前の10月にようやく日本政府による水際対策の規制が解除されたその日にJさんは日本に入国することができたのです。

その後観光ビザで滞在できる90日間を小田原のNさん宅で過ごしました。

身長の高いJさんにとって小田原の住宅街にある古い日本家屋での生活は決して超快適ではないと思うのですが、

Jさんの奥さんの最後の言葉もあり残されたお二人が残りの人生を共に過ごそうと決めたのは自然な成り行きだったのかもしれません。



そして2023年4月、今度はNさんがアメリカに渡りJさんと正式にご結婚されました。

84歳と86歳の新婚カップルです。💓

一口に結婚と言いますが、国際結婚ですから双方の国にてめんどくさい手続きがあるだろうし、一緒に住むだけで良いのでは、などと私は思ったのですが、夫婦でなければ双方の国での長期滞在もできないし、病気で入院しても家族のみ面会可という場合もあります。

NさんとJさんはそれぞれ管轄の役所や入国管理局などに何度も足を運び、根気よく問題を解決していくのです。

Nさんは小田原市に、Jさんはアメリカのオレゴン州にそれぞれ家を持っていらっしゃるので今のところ夏は涼しいオレゴンで、冬は小田原でと2拠点生活を送っていらっしゃいます。

お二人ともお元気でなければ長距離移動はできません。

その上去年は「ハネムーン」と称してモーターハウスでの旅行も経験したのだとか。

さすがアメリカ!

こんなバスみたいに大きなモーターハウスの後ろにジープをくっ付けて広いアメリカを横断します。







モーターハウスの中は一般的な日本の家より広いくらいですね。


私達はNさんのご主人が亡くなってほどなく小田原の家にお邪魔して遺品整理や家の片付けのお手伝いをしたのですが、Nさんは寂しさに打ちひしがれた様子でとても心配だったのですが、今回初めてJさんにお会いしてとても嬉しくなりました✨



私達夫婦と一緒に湯河原の温泉に行った時の写真です。

みんな笑っています。

Jさんはいつも穏やかでどこまでも優しい方です。


⬆️軍隊に入隊したばかりの約70年前のJさんです。

(若い頃の写真があれば見てみたいと言ったらすぐにスマホに送ってくれました)(笑)


その頃からずっと現在も友人関係が続いている、唯一まだ生きている親友とのbefore after(笑)の写真だと言って笑って見せてくれました。


人は誰でも生きているかぎり歳をとり続けるのですからどうせなら最後まで悔いなく楽しい人生を送りたいものですね。

NさんもJさんも日本とアメリカで生活様式や習慣が変わって大変なことはないですか?の質問に、

「私達にはもう失うものはありません。

これからの時間を一番大切な人と一緒に過ごすという事が何より大切な事なのですから。」

と、狭いキッチンの小さなテーブルでワインを飲みながら笑って答えてくれました。

楽しい事も悲しい事も辛い事も全て経験済みの「人生の大先輩」のお言葉は、ホント深いんですよ。