8月14日から宮城県入りしましたが、それ以降全く雨が降らず、毎日暑い日が続いてました。
牛野ダムキャンプ場滞在は今日で8泊目です。
草刈りのおじさんに、よく冷えたポカリスエットを差し上げたらすっかり仲良しになれたのですが、ゆっくりしていってください!とのご好意で我が家のテントの周りだけ今だに草ボーボーです。(笑)
昨夜になって明日は少し涼しいみたいだからようやくテントを畳んで北上しよう!と意気込んで寝たのに、朝起きたら久しぶりの雨☔️なんだかな〜😅
びしょ濡れのテントを片付けたくないのでもう一泊お世話になりましょう!
昨日までのキャンプ場は朝晩は涼しくて過ごしやすくても、やっぱり日中は暑いのでいろいろお出かけしました。
キャンプ場から松島までは40分くらいです。
最初に行ったのは「みちのく伊達政宗歴史館」。
入場料1,000円だけどHPで200円引きのクーポンゲットできました。
入り口すぐから迫力の蝋人形!と思ったら、
その後も凄かったんです。
東北出身の有名人が時代を超えて総動員です。
そして次のコーナーはメインの伊達政宗さんの一生です。
日本史は得意じゃなかったけれどなかなか良く出来ている蝋人形を見ながらだと面白いのですよ。
独眼竜と呼ばれた政宗は4歳の時に天然痘にかかり右目を失明したんですね。
戦国時代ですから、15歳でもう戦に初参加。
するとメキメキと頭角を現し、
のちに奥州を統一し、一代で仙台62万石の礎を築いたすごい人だったと知りました。
このあと家臣の一人の支倉常長(はせくらつねなが)さんのお話も出てきて、
突然舞台はイタリアのローマです。
400年前の実話ですよ。びっくりです。
このあと晩年の政宗のお話に繋がるのですが、この辺で徳川家康さんや真田幸村さん、豊臣何とかさんなどの有名戦国武将様方が大挙して押し寄せてきたものですから私の頭のコンピューターが壊れました。💦
はたして「みちのく伊達政宗歴史館」には総勢何名の蝋人形がいらっしゃったのでしょうか❓
200体以上だそうです。
お疲れ様でした💦
そして別の日に深呼吸してから、松島の先の石巻のサンファンパークに行きました。
「サンファンバウテュスタ」というのは伊達政宗の家臣の支倉常長さんらが乗ってメキシコやヨーロッパに行った船の名前(諸説あり)なんです。
以前は1993年に本物と同じ木製で復元された実物大のサンファンバウテュスタ号が展示されていましたが、震災のダメージと老朽化で修復不可能になり2022年に解体されて、今は1/4サイズのFRP製の可愛いのが展示されていました。
支倉常長さんとサンファンバウテュスタ号にはとても興味があったので実物大の船を是非見たかったんですが、かないませんでした。
というのも2017年にはるか彼方のヨーロッパでこの方にお会いしているんですよ、私達。
⬆️2017年にクルーズ船にてイタリアのチベタベッキオに行ったときのブログを載せておきます。
そんなこともあって今回またまたミュージアムでお勉強してきました。
最初に400年前にどうやって地球を半周以上もできる船が作られたのかなどの解説を映像で見せてもらえます。
驚くことに日本の政府(幕府)が先導した訳ではなく、仙台藩がスペイン人指導のもとに日本の木材と日本人船大工によって建造された洋船なのです。
支倉常長さんの上司である伊達政宗さんはいち早く外国に目を向けた先見の明があるすごい人なんだけど、7年もの年月をかけて職務を遂行した(努力した)部下の支倉常長さんもまたすごい人だったんですね。
なんせ時のスペイン王フェリペ3世やローマ教王パウロ5世に謁見し、政宗からのお手紙を渡したというのですから。
スペイン人約40名を含め総勢180人もの人間が乗っていた船内での生活の様子です。
ありました、これですよ。
私達がチベタベッキオで見たのは。
その時は、えっ、なんで日本人がここにいるの❓❓❓だったけどお勉強になりました。
400年前の日本と世界はどんなだったんでしょうか❓
この方とその御一行が訪れた記録はメキシコを初め、スペイン、イタリア、イギリス、オランダなどたくさんの国の文献に残っているそうです。
確かに、西洋人からすると、へんてこな着物を着てちょんまげをゆい、恐ろしく良く切れる刀を差して、洋食のコース料理を二本の細い棒を操り器用に食べる人にはさぞ興味津々だったでしょう。
ちなみに航海中にキリスト教に改宗した支倉常長さんのお名前は「Felipe Francisco Faxicura」さんでした。
フェリペ・フランシスコまではいいけど、ハセクラがファシクラに変化するなんて、スペイン語っぽくてめっちゃかわいいじゃん‼️

















