貧脚さんの四国八十八か所 (銀輪流転)

貧脚さんの四国八十八か所 (銀輪流転)

区切りうちで遍路に出てます。1日20~25キロのユルユル、お気楽遍路行の記録です。(自転車活動休止中)

 第88番大窪寺を打ち終えた後、第1番霊山寺にお礼参りをするかどうかの私見です。

 それぞれの遍路にそれぞれの発心があり、それぞれの遍路体験がありますから、あまり「〇〇すべき」に縛られなくても良いでしょうが、自称:お気楽遍路の私の考え。

 

そのうえで、蘊蓄オヤジをしてみます。

 

 関西方面の方の場合、先ず高野山にお遍路出立のお参りをして、第1番霊山寺から打ち始めて、徳島から和歌山に渡って高野山にお礼参りするのが、〇〇とか。

 

 四国遍路は、第1番からの打ち始めというのは、近年の交通事情のために可能となったものです。

 お遍路地図第14版の94ページ下段に、かつては海路にて四国に上陸したので、その港と打ち始めの札所について記載があります。

 かつては、関西方面からのお遍路の上陸地点の一つが讃岐の三本松港でした。

 第88番大窪寺をお参りしたお遍路さんの多くが、三本松港の最寄りの番外札所の與田寺にお礼参りしたことから、「四国八十八カ所総奥之院」と称されるようになったとのこと。

 

 何より、四国遍路は終わりのないものということもあります。第88番大窪寺が結願のお寺で、第1番霊山寺にお参りするのは、 新たな始まり というほうが、私にはしっくりきます。

 

 もっとも、私が第1番霊山寺まで歩いたのは、お遍路道を歩いておこう、見てみようという「物見遊山」の気分が強いものでした。

 昔は、第1番霊山寺から打ち始めて第88番大窪寺で結願が定式化してたわけではなかったので、当然に第88番から第1番への遍路道もあるわけで、それも多くのルートがあるわけです。

 

 

因みに、お礼参りの墨書・朱印はこちらに。

 

14時14分

 「大窪寺まで70歩」の看板。

 G地図で測ると、仁王門まで約150m、二天門までは約300mなので、本来の山門である「二天門」までの距離でしょう。

 

14時22分

 第88番大窪寺着。

 

 

 仁王門に上がる階段の道路反対側、が駐車場になっています。

 仁王門は、お遍路資料(昭和61年1月記)には記載されていませんが、追記(平成6年2月)に新しくできた大型の仁王門と記載されています。

 

 仁王門を潜って左手に鐘撞楼があります。これも新しいもの。

 なお、昭和61年1月記のお寺の伽藍配置図には鐘撞楼の記載はなく、昔はどうだったのか、、。

 

大師堂。

 大師堂の前を通って、本堂に進みます。

 大師堂も昭和59年に弘法大師入定千百五十年を迎えるにあたり、建立されたとのこと。

 

 左手本堂で、礼殿・中殿・多宝塔からなる建物。

 右手阿弥陀堂。

 

 本堂。

 

 阿弥陀堂。

 

不動明王。

 本堂と阿弥陀堂の間に。

 向かって右・矜羯羅童子、向かって左・制叱伽童子の浮彫もありますが、この時は反応できていません。

 

狛犬。

 

 不動明王の狛犬でしょうか?

 

14時50分

 本来の山門は、「二天門」。

 大梵天と帝釈天がいらっしゃるそうです。

 また、二天門の手前左手の道路に「一丁」丁石のお堂があったのですが、それも気が付かない状態。

 

 結願のお寺ですから、少しはゆっくりしたら良かったのですが、、、。 天気予報どおり、冷たい風が強くなって、時折、小雨も混じって、そそくさと退散しました。

 門前の「八十八庵」(うどん店)に避難しました。「結願いなり」は既に無く。「しっぽくうどん」にしましたが、「打ち込みうどん」が名物だったようです。

 

 

15時26分。

 本日の宿、「八十窪」着です。部屋には笠と杖の収納場所がありました。

 また、着時点の画像なしです。気分で撮影しているので、枚数多い割に、肝心のものを撮っていないです、、。

 

 

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 第88番大窪寺で、結願の後どうするか?

 第1番霊山寺にお礼参りに行くかどうかですが、結願のお寺でお遍路を終える方も多いかと思います。

 私も、八十八カ所にお参りしてお札を納めるとの意味で、ここでお遍路を終えるのが気持ちに馴染む気がします。詳しくは別記事にします。

 

 結願後は公共交通機関利用は、バスが思いのほか便利です。さぬき市のコミュニティーバスで、志度方面に向かうことができ、高速志度で高速バスも利用できます。

 

 

 調べてみました。

3月14日時点

  大窪寺発 14時15分、16時00分 があります。

14時15分は、15時01分JR造田駅(終点)。

 

16時00分は、16時49分JR造田駅、16時58分志度バスストップ

      17時11分JR志度駅(終点)。

 

(JR利用)

 JR造田駅の高松方面は、15時12分の普通。

 JR志度駅の高松方面は、17時14分特急、17時26分普通。

 

(高速バス利用)

 志度バスストップから、高速バスが利用できます。

 

 

 お遍路地図 最新の第14版には、P108にバス会社のHPのQRコードが記載されています。

 第88番大窪寺への自動車遍路道は、県道3号を進んで国377号に合流して単純です。距離も大差ないし高低差は少ないですので、最短ルートになります。

 

 一方でお遍路地図の点線遍路道は、なかなか複雑です。旧道、山道への出入りが多く、また地図では省略されている道があります。

 案内矢印が概ね設置されているので、それを見落とさなければ大丈夫なのですが、見落とすと厄介です。悪天候時や薄暮時にかかる時は、自動車遍路道が無難です。

 

 

 さぬき市のパンフレット地図が詳しいので、おへんろ交流サロンで入手されたるのが良いと思います。

 

地図A

 

地図B

 前書きが長いのはいつものこと。

 

 

13時01分

 「天体望遠鏡博物館」を出て直ぐの左カーブ。

 

 

13時02分

 

お地蔵様。

 

東谷庚申塔。

 青面金剛は庚申信仰と結びつけられて病気平癒にご利益があるとか。

 

13時04分

 道路右手に地蔵堂。

 

13時05分

 暫くは、国377号を進みます。道は斜度を増してきます。

 

13時05分

 ここも直進。

 

13時07分

 地蔵堂。

 

13時11分

 国377号の旧道に進みます。地図Aの①の分岐です。

 

 

13時11分

 

13時14分

 いかにも改良前の三桁国道の感じの道。

 

13時16分

 登り切ったところ、左手に遍路道分岐。旧国道は、切通しで峠を越えて行きます。

 地図A①の「山道に入る」との箇所。

 

「三十六丁」の丁石。

 

 

13時16分

 

13時16分

 左手を登って行きますが、直ぐに舗装路に合流します。

 

13時16分

 

13時18分

 遍路道の峠を越えて下りになります。

 

13時19分

 

13時20分

 国377号の旧道に出ます。地図A②の地点です。

 

13時20分

 旧国377号に出て左折して下って行きます。

 

13時22分

 国377号に合流します。横断して正面の擁壁の上の道を登って行きます。登り口は左手。

 地図Aの②~③の地点です。

 

13時22分

 

13時22分

 

13時22分

 

13時23分

 ここも、国377号は切通しで、この先で合流します。

 

 

13時23分

 

13時23分

「三十四丁」の丁石。

 

13時23分

 竹林の遍路道を下って行きます。

 

13時24分

 

13時25分

 

13時26分

 国377号の旧道に出て、左折下って行きます。

 

13時26分

 

13時28分

 振り返り画像。

 画像左手、少し上ったとろに遍路石があります。

 

13時27分

「三十三丁」の標石。

 

13時27分

 でべそ石は見当たりません。この辺の山肌の露頭にはあるのでしょう。

 松山市の白石鼻も「和泉層群」で、おそらくはこんな石かなとは思いますが、推測するのみ。

 

13時28分

 

13時29分

 旧国377号を下って、国377号に出て左折です。

 

13時30分

 しばらくは、国377号を進みます。

 右コーナーの左手に休憩所があります。

 

13時31分

 お遍路休憩所の傍に丁石があります。

 

13時31分

「三十丁」の丁石。

 

13時31分

 

 

13時32分

溜池。

 

13時32分

真ん中は「二十九丁」の丁石。

 

13時35分

 右手、「野田屋 竹屋敷」のある交差点。

 

13時36分

 道路右手の風景。杉の木の独立樹。お寺?神社?と思ったのですが、民家のようです。

 

13時39分

 地蔵堂。

 

13時39分

 上部破損して「丁数」は不明ですが、丁石です。

 

13時40分

 地蔵堂を過ぎて直ぐに遍路道は左分岐です。

 元の遍路道はこの先、国377号を進んでいました。画面右端に丁石があります。

 その先に、徳右衛門遍路石があり、槙川庚申塔もその近辺にあるようですので探索してみました。

 

13時40分

 「二十一丁」の丁石。

 

13時40分

 

13時43分

 国377号と県3号との分岐点に遍路石があります。

お遍路資料より

  「☜四國八十八番大窪寺道」

  「四國第八十八番奥之院/阿波國大滝寺江 百五十三丁」

  「名古屋市西道塩町 伊藤萬蔵」

だそうです。

 

 この近くに徳右衛門遍路石があるはずなのですが、発見できませんでした。

 G地図ストリートビューで確認すると、葛の茂みに埋もれていたようです。残念。

 

 

13時44分

 13時40分の地点に戻って、少し進んだところ。

 

 

13時47分

 

13時48分

 女体山の岩峰がうかがえます。

 

13時50分

 

13時51分

 遍路道分岐です。地図B④の分岐地点です。

 

 

13時51分

 廃屋の軒先を進みます。

 

13時51分

 

13時52分

 「十七丁」の丁石。

 

13時52分

「十六丁」の丁石。

 

13時53分

「十五丁」の丁石と大師座像。

 

13時54分

 お遍路矢印に従い左折。

 

13時54分

 舗装道路に出て右折。

 

13時54分

 

13時56分

 橋を渡ります。

 

13時57分

 この先、また、山沿いの少し開けた場所を通過します。

 

13時58分

 それらしい道はあるのですが、矢印板もお遍路マークもなく不安になってきています。

 国377号が川の対岸に見え隠れしているので、改良前の第88番大窪寺へ向かう道であることは間違いないと思っていたので、点線遍路道を辿れないだけだろうとは思っていたのですが。

 

 G地図ストリートビューで確認すると、この沢の手前に右に折れる道がありました。よく見ると、白い矢印板があります。おそらくここの箇所が地図Bの青〇の地点と推測されます。

 

 仮に、遍路道が見つかっていたとしても、川を越えて国377号に出て、国道から川沿いの遍路道に進んで、また川を渡ってこの道に合流するようで、中々の迷宮のようです。

 

 

14時08分

 保存協力会の古い遍路札。取り合えず、第88番大窪寺には辿りつけると確信しました。

 第12版での遍路道は、13時40分の地点からこの道を進むよう指示されていました。

 

14時09分

 右から合流する細い道に「六丁」の丁石があります。

 地図Bの緑〇地点です。

 ここからは、舗装路の遍路道になります。

 

14時10分

 

14時11分

右端は「五丁」の丁石。

 

14時14分

 破損した「四丁」の丁石。

 

14時14分

有名な「70歩」の看板。

 

14時15分

「三丁」の丁石。

 

14時16分

「二丁」の丁石。

 

14時16分

第88番大窪寺着です。

 

 今思えば、時間が早いので、引き返して点線遍路道を探索しとけば良かったと思うのですが、結果論。

 この日は、低気圧が日本海にあり、午後から明日明け方にかけて前線通過に伴い、一部山沿いでは雪の予報でした。

 お参りをしている時も、風が強くなって雲が厚くなってきました。

 

 先の花折峠の馬の墓や、徳右衛門遍路石、槙川庚申塔、兼割庚申塔 を訪れることができなくて心残りがあります。

 次があるとしたら、やはり、この道を辿ることになるのかな。女体山の遍路転がし越えないとの気持ちもなくはないのですが、、。