13時04分
遍路道は、左折(赤色矢印)した先で本山寺山門前を通過して、国11号に合流です。
枯木地蔵経由の遍路道を進みたかったので、近道で直接国11号に出るため、直進(黄色矢印)しました。お遍路地図通りに進めば、中務茂兵衛遍路石や他の遍路石もあったようで、残念。
13時11分
画像は振り返り画像。信号交差点を渡って、川沿いの細い道を進んで突き当たり道路を左です。
13時12分
13時13分
番外札所:枯木地蔵堂。
本山寺は弘法大師の一夜建立の伝説があり、そのおりに落とした用材一本を納めたお堂であるとのことです。
13時14分
お堂は新しいものですが、座像石仏(お地蔵様?)は時代を感じさせます。
集落を抜けて三豊市立本山小学校を右手に見ながら進みます。
13時18分
この先で三叉路がありますが、ここでまた道間違い。
13時20分
ここで道なりに直進(赤矢印)するべきでしたが、小学校の運動場に沿って進む道(黄色矢印)を進んでしまいました。
13時23分
正面の道は河川堤防の道に突き当たります。手前の木の前で左に折れるのが遍路道?な感じで進んだのですが、、間違いでいた。
13時34分
国11号の商業施設が遠望できるので、途中の道で軌道修正。13時20分の地点を直進するとこの地点に出てきます。
(G地図で確認しました。当日は、推測でした。)
13時34分
遍路道は住宅地に入って突き当たり。
13時35分
ここを左折です。
13時37分
昼寝中のワン。横目で見ていますが、起きる気はない様子。
13時37分
右手に神社が見えてきます。この角を右に曲がると番外:妙音寺だったのですが、後で判ったこと。
13時40分
五十鈴神社。
13時42分
国11号に出て右折、直ぐに交番の角に妙音寺の看板。
13時44分
第70番本山寺の奥之院。
本堂。
ご本尊は阿弥陀如来様なのですが、不動尊の像が。
お遍路地図資料編によれば、
「当山不動尊は、一名霊験不動尊とも呼ばれ、夢の中で霊示を受けることが多く「夢見不動」の尊称がある。」とのことです。
また、かつては大きなお寺だったようですが、長曾我部の天正三年の戦火に遭ったとのこ。
かつては、となりの五十鈴神社と併せて大きなお寺だったのでしょう。
13時46分
13時49分
妙音寺からは国11号を進みます。
13時52分
13時53分
鴻之池から次の中池の手前、右分岐を進みます。
13時53分
車道は中池の堤防に沿って進みますが、歩道はその手前を下りて行きます。
13時54分
高速道路インターへ続く道を潜ります。
13時56分
また、溜池。新池。
13時56分
左手は国11号で工事中。
石柱は、「忌部神社」と刻まれています。
調べると、左手(西方)にある香川県立笠田高校の前に「忌部神社」がありました。お詣りはしていません。
お遍路資料より、
「讃岐開発の祖といわれる忌部氏の祖先を祀り」とあります。
13時57分
直ぐにお堂が。お地蔵様と思われますが、お遍路資料・G地図ともに記載なく詳細不明です。
14時03分
また、溜池。釘貫池。ホシハジロがプカプカ。
14時04分
この先、二車線道路との交差点があります。
14時06分
交差点を渡っての振り返り画像。
14時06分
進行方向画像。
14時06分
進行方向左手。国11号からの県道。
14時07分
直ぐの三叉路。遍路道は直進です。左分岐に遍路石。
中務茂兵衛遍路石です。
お遍路資料より
「☞ 弥谷寺/☜ 本山寺/ 施主 」
お遍路資料より
「壹百五十七度目 為供養 / 周防國大島郡椋野 /
願主 中務茂兵衛義教」
中務茂兵衛(願主)の願いを受けて、施主が建立したもの。
「中務茂兵衛さん、遍路石を建てる費用をどう工面していたのだろうか?」と疑問ではあったのですが、こういうことです。
中務茂兵衛さんについては、愛媛県生涯学習センターのHPにも記録があり、そのことを含めてまた「遍路おもうこと」で記事にしましょう。
14時09分
5つ目の溜池、大津池。この地点に道路の左右に遍路石があったのですが、見落としています。次があるとして、、、。
14時12分
池の対岸。鎮守の森は宇賀神社。池の島にもお社がありそうですが、お詣りしていません。次回、余裕があれば、、。
14時16分
道筋は旧街道らしいのですが、建物は旧街道らしさは少ないです。
14時18分
国11号に出て、横断します。
14時22分
手前の長池と奥の蓮池の間の道を左折します。
14時23分
14時23分
14時26分
四国のみち の新しい道標石。
この手前に左分岐がありますが、道なり直進です。
14時26分
道の右手、池端に。お遍路資料にも記載なく、遍路墓かな?
14時31分
東角屋池。画像左手の池端に御堂。
14時31分
お堂の中に石仏ではなく、地蔵?大師座像?のある石柱が。
お遍路資料より
正面:「座像/是より彌谷寺迠 壱里十八丁」
右面:「寛政八丙辰三月 施主 下勝間村(当地)」
左面:「豫洲越智郡朝倉村 徳右衛門」
で、徳右衛門遍路石のようです。
14時34分
遍路道は次の松葉崎池で交差点を直進ですが、ここで右折して国11号に出ていればよかったです。
お遍路資料によれば、ここを右折した国11号から少し入った所に高さ7.1mの石塔が見えるとのこと。G地図ストリートビューで見てみると、ありました。
永和四年戌馬三月六日(1378)建立の凝灰岩切石を十三層に重ねたものとのことです。
次回があるとして、、、。この日は、こればっかりです。
14時51分
遍路道の次の交差点でスーパー(マルヨシセンター)に寄りました。マルヨシセンターのあるところ、こがね製麺所もあります。
また斜向かいにはドラッグストア(コスモス)もあります。
14時52分
遍路道に復帰。
14時53分
三叉路。道なりに直進。
14時53分
高津神社。
14時55分
大きなサボテン。昭和な風景です。
14時56分
14時58分
三豊市役所前の2車線道路に出会います。遍路道は直進ですが、JR高瀬駅経由でこの日の宿「千歳旅館」に向かうため左折します。
15時02分
右手、三豊市役所。
15時03分
左手、みとよ未来創造館(コミュニティーセンター)
石のモニュメント。庵治石でしょうか。
15時07分
JR高瀬駅は工事中でした。仮駅舎で時刻表チェック。スマホならこんなことはしなくて良いのですが。
明日は行けるところまで行って、JR利用で帰ってきます。1時間1本か2本。四国のJRとしては、ましな方。
15時11分
駅前の道かつての商店街を抜けていきます。右の建物は木製建具。流石に、ガラスはフロートガラスに入れ替えたようです。
15時12分
「千歳旅館」着。



























































