道のブログ

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思いつくままに、思いついた事を書くブログ

影響を受けた人物
夏目漱石 岡潔 小林秀雄 宇沢弘文 ポアンカレ 木村敏 池上嘉彦



今はすぐに役に立つか立たぬかを考える。そのことがすぐに分かれば人は苦労しないように思う。もし分かるのなら、直線でその道に突き進めばよい。 


だが、人生というのもは分からないものである。ただ何も考えずに、必死に食らいついて読んだ論理学の本が今後生きてきたり、ただ適当に手に取った言語学の本が今後の考えを作用することもある。 


それを計算できれば苦労はない。だがそうは行かぬのはある程度生きていれば分かる。 


数学の言葉を用いると直線でその道に進めばよいというのは、線形現象として人生を捉えるということである。


ここでの線形とは直線で表せる、非線形とは直線で表せない現象と言うくらいの意味である。


しかし、物事のほんの僅かな部分でしか線形では表せぬ。この世のほとんどの物事というのは線形ではなく、非線形である。


それは人生の歩み方も同じである。そういう場合どうするのがいいかというと、手当たり次第に手をつけてみるのである。それはとても非効率である。役に立つかも立たぬかも分からぬものに必死で食らいつく。


周りから見たらアホに見えるに違いない。当人もアホでいいと思っているのである。けど、今の人はアホになりきれない。昔はアホの代名詞であった京都大の学生も最近はアホになりきれていない嘆く京大の先生もいる。


世の中が非線形現象だと分かれば、アホの大事さが分かってくる。 


今の日本も伸びしろはあると思っている。けれど伸び悩んで早30年以上の月日が経っている。僕が生まれる前から伸び悩んでいるわけである。それも線形現象として、こうすれば上手くいくという確証があると誤解しているからそうなっていると思う。


ここに金をつぎ込めば上手く行くなんて、分かろうはずもない。それなのにそう思い込んで金を投入している。その使い方が間違っているように思う。


この世は非線形だと諦念するのがいいと言いたいのではない。非線形だからこそアホを生かす社会をつくる。いわば逃げ道を作る必要があるということである。役に立つ立たぬは二の次なのである。


けど悲しいかな考え方というのはなかなか変わらないのが世の常である。


参考

京大的アホがなぜ必要か 酒井敏