今回は4泊5日の入院にりました。

子宮口をあけるために、ラミナリアをい3回に分けて入れていきます。

1日は1回、2日は2回合計3回

3日に陣痛促進剤を入れて出産になります。

3回目から無痛を選べました。

そして食事のたびに抗生物質をのみます。今まで薬を避けてたのに・・・

 

1日目の1回目 思ったより痛かったです。

無痛にするか悩みました。。

麻酔科の方とも相談しました。

 

2日目の2回目あまりにも激痛で無痛にすることにしました。

     3回目麻酔を入れてからの処置になりました。

     夜まだお腹の中で胎動を感じてました。

     夜ご飯を食べて、2時間後食事を戻してしましました。。あまり緊張とかしなかったと思うのですがカラダは反応してました。

 

 

3日目朝から分娩台にいき、陣痛促進剤を入れて、破水を待ちました。

麻酔を入てれいたのですが、最後お腹と腰の激痛が走り吐きそうになりましたが、吐くにも前日の夜ごはんは吐いてしまい

朝からは何も食べてないので、吐くものがありませんでした。

 

静かな出産でした。

もう既に心臓が動いていないとて小さな我が子を抱いたときに、今まで感じたことのない愛おしさがこみあげてきました。

 

この子をダウン症という運命を背負わせなくてよかった

この子のためなら何でもでひたかもしれない

この選択が間違ったのかもしれない

手放すべきてはなかったかもしれない

 

もう選択は変えられないのにぐるぐるとこのような感情が私の頭の中を駆け巡っていきました。

今は、もうこの結論を正として生きてくだけと思ってます。

木曜日の入院の手続きをしました。

入院は翌月曜日。3日間はまだ腹の子供と一緒に過ごす時間がありました。

しかし、月曜から仕事お休みをとるため、金曜はバタバタしました。

ちなみに会社には安定期になったら、妊娠報告しようと思いましたが、安定期入る前にNIPTで陽性がわかり

グレーのまま羊水検査に進み、結果陽性だったので、会社に報告する暇がなく・・・会社は私が妊婦だとは知りませんでした。

お腹もなかなか大きくなってましたが、洋服で隠せるギリギリでしたので、隠し通しました。

ここまで来たら、もう話せませんでした。

体調不良での有給ということで会社には報告しました。

本当は報告する日を楽しみにしてました。。。

 

 

入院はギリギリでもキャンセルできるようでした。

毎日毎日涙に溢れる日を過ごしました。

泣いてるつもりがなくても涙が溢れてきました。

 

子供を見送るためのおくるみを購入しました。

ファーストシューズを買いました。

手紙を書きました。

手形と足型をとるために色紙と朱肉を買いました。

親が洋服を用意してくれました。

姉が絵本とぬいぐるみを用意してくれました。

 

 

見送ると決めたら、しっかりを見送らなくてはいけないと思い、思いに残すことがないようにしたいと思い

涙に溢れながら、準備をしていきました。

月曜にの朝、出社する時間に私が4泊5日の入院のため病院に向かいました。

 

NIPIで陽性が出て、羊水検査で陽性が出た時、

妊婦検診で通っていた病院の先生は「一生懸命考えてたならそれが正解」とだけしか言われなく・・

正直いらっとしました。先生なら導いてくれよと真剣に思ってました。

今は、「一生懸命考えてたならそれが正解」という言葉の意味と重みを理解することができます。



 

 

病院の遺伝カウンセラーさんに〇〇日までには決断くださいと言われて病院を去りました。

その期限〇〇日の前日にカウンセラーさんから電話がかかってきました。

まだ決めきれてないと話すと、再度エコーで現状確認してみますか?と言われ、とりあえず病院の予約を取りました。

合併症の障害が軽かったら産むのか?

いや、気持ちにしっくりこない。

そもそも産んでみないと実際はわからない。

 

産むことはできるかも、実際物理的には育ててもいける・・・ でも子供の人生それでよいのか

どこか気持ちがひっかかりました。

自分の命よりも大切なわが子

産んで養子に出すことも考えた。。それはもっと違う。

諦めるとしたら、経腟分娩出産して火葬しないといけない・・耐えられるのか・・・

 

ただ、今まで一度もダウン症のわが子それでも産みたい、産んであげたいと思えませんでした。

 

事前に子供の染色体異常を知ってしまった。

子供を諦めることを決めたわけではなくて、

ダウン症でもこの世に産んであげたいと思えなかった、これが最後まで変わらない気持ちでした。

出生前診断うけなくて、産まれて知るならそれもこの子の運命で、ダウン症の親になることが私の運命だと思えました。

でも、事前に知るのと知らないのでは大きな違いがありました。

正直選択肢が欲しくなかった。

なんで出生前診断を受けてしまったのだろうかと後悔しました。

選択肢があるから苦しかった。

 

 

ダウン症を個性と呼ぶには重かった。

実際に育ててると産んでよかったと思えるのかもしれません。

今の私のこのタイミングを考えると、産む決断ができませんした。

選択が欲しくての出生前診がこんなに苦しい決断になるとは思ってもみませんでした。

 

 

遺伝カウンセラーの方に、今回はあきらめようと思います。

ダウン症でも産みたいと思えませんでした。これが私の答えです。

と伝えました。一番しっくりくる回答だと思いました。

ここから入院の手続きをしていきました。

 

まだこれでよかった思っていません。それしか選べなかっただけです。

これでよかったと思えるように、これからを生きていかないといけません。

過去を振り返ることできる時がくるまでは、今は前だけを向いて生きていこうと決めてます。

 

この子の命を無駄にしないように

子供は私を強くしてくれました。

子供が親を育てるとは本当です。

わが子は思った以上に、親を強くしてくれます。

産まれてきたわが子は、とてつもないほどかわいい存在です。

それを子供は命をかけて、私に教えてくれました。

もう一度ママのお腹に来てほしい。それだけを願ってます。

 

もう出生前診断はしません。