そこは静岡県の県庁所在地、静岡市の南西に位置している周りを山に囲まれた静かな集落である。
近くを東名高速道路が走るようになって半世紀以上になるが、近くのトンネルで起きた火災で多くの犠牲者が出たのも、もう40年以上前の出来事になってしまった。
静岡と言えばお茶にみかんとサッカーと思われていた頃もあったが、今はそのどれもが別の県にその知名度を奪われている。
しかし、案外そんな順位に必死になっているのはそれらの他県の人達であって県民のほとんどは、ふ〜んそうなんだ、ぐらいの認識しかないような気がする。
それが暖かで交通の便にも恵まれ、住みよいと言われている土地に住んでいる者の県民性であろうか。
その集落の者はやはり昔からみかんの生産を専業、または兼業なりして生業にして来た。
駿河湾から吹き込む温かな風と、南向きの斜面に惜しげもなく降り注ぐ太陽の恩恵で、その土地のみかんは県内の他のみかんより甘く美味しいのが特徴であった。
さゆりの義兄も数年前に会社を定年退職した後、家業のみかん農家を兼業から専業にして毎日を暮らしている。
しかし、義兄も最近では寄る年波には勝てないのか、跡を継ぐ者がいないそのみかん畑を縮小しながら生産を続けていた。
義兄の作るみかんはこの地域であっても誰よりも甘く美味しく、一度買った人は必ずリピーターになってしまう。
お歳暮などで送られてきた人も、その美味しさに今度は自分から注文をしてくるので、義兄の作るみかんは毎年品薄になってしまうのである。
さゆり自身、義兄のみかんが美味しいのは百も承知なので、お金を出して買いたいのだが、毎年注文の数をこなすだけでも大変で身内の分は後回しになってしまっていた。
まぁ、毎年味は同じだけど見た目の悪い売り物にならないみかんをコンテナに幾つも貰うのでさゆりは文句なんか言えない立場であるのだけど、
しかし、いくら美味しいからってコンテナに2つも3つも食べきるのは大変な事で、知り合いに配っても最後は腐らせてしまう。
そこでさゆりはそのみかん、ポンカン、デコポンをジュースにしてみた。まぁこれが素晴らしく美味しいのである。
最近、さゆりはまさかのブログを始め、そのブログ内に義兄から送られて来た大量のみかん、それもデコポン等を惜しげもなくジュースにした写真を投稿すると、北海道に住むブログ内でしか知らないその人からも、それはなんて贅沢なんだと、羨望のコメントまでもらってしまった。