さゆりは先日の車中泊、テント泊の旅を終えて、
師匠と呼んでいる「車中泊、テント泊」のベテランキャンパーのこだわりに圧倒されていた。
さゆり自身は、
アウトドアの店に行けば欲しいものだらけであったが…
いやいや、私はお金をかけずにアウトドアを楽しみたいのだからと、
自己の主張もこだわりもあやふやなままであった。
ただ、キャンプを始めるにあたって当初に買ったシュラフが、思いの外かさばり、もう少しコンパクトなモノが欲しくなった。
その店はさゆりの住む街に最近出店した店である。
ちょうどさゆりがキャンプ用品を本格的に揃えようとした時期とオープンが重なった。
さゆりが最初にその店で買ったものは、ナイフであった。
ユーチューブで、一次ブレイクしてしばらく姿が見えなかった芸人が、ソロキャンパーとなって帰ってきた。
ユーチューブで見るその芸人のキャンプの様子にさゆりは夢中になり、夜な夜なそれを見ていた。
ナイフ一本で、木を削り焚き火の種をつくる。
ナイフ一本で肉を切り、魚をさばく!
必要最低限の用具で、キャンプを行う
ブッシュクラフトと後から知った。
最初にナイフを買った。
その彼は、本店から地元のこの新しい店に転勤になり、張り切って接客をしていた。
彼自身、登山、雪渓を登る山登りを趣味に持ち、
休みの度にキャンプに出かける青年であった。
彼は何も知らないさゆりを前にナイフの説明を延々としてくれた。
その使い方、手入れの仕方、
しかも初心者には高価なものは勧めず、お手頃なものを推すなど、
買い手の事を一番に考えている姿勢に好感が持てる青年だったから、
さゆりはつい、一番高価なナイフを買ってしまった。
それからは事あるごとにその店に通い、
その度彼は、レジを他の店員に任せ、さゆりの最近行ったキャンプの話し相手となった。
お互いのスマホのキャンプの様子の画像を見せ合いながら、話が弾んだ。
(もちろん、他のお客様がいない時であるが、)
今日は、新しいシュラフを見にきただけであったし、日曜日であったから他にお客様も多かった。
さゆりも彼が忙しいだろうからと、挨拶だけして、店内を物色していた。
そんな彼はやはりレジから離れさゆりのそばに来た。
「お久しぶりでしね、あれから何処かへ行きましたか?」
と、聞かれればそりゃあ、話す事はたくさんある。
長野の
「高ボッチ高原キャンプ」の話しに、
彼は
「いいですね!いいなぁ!」と、のってきた。
目的の品のシュラフも彼は一度袋から出し、その大きさ質感も教えてくれ、
仕舞い方も実践してくれた。
当初手頃な値段のそれは仕舞うときにかなりの力がいるようだった。
最後には指で手のひらでシュラフを袋の中に押し込む。
意外と体力がいりそうだ。
それに、さゆりの手の指は加齢や、職業病で曲がっている。
曲がっているだけではなく、痛みもある。
最後は指の力づくでしまうお手頃な物はムリだと思った。
ダウンのそれはお手頃な物の5倍近い値段だったが、
さゆりは自分の残された健康年齢を考えたら、今買ってもいいのだろうと判断した。
(これが生涯で最後のシュラフになる。)
こう書くと、彼がとても優秀なセールスをしたように思うが、
彼自身が、その商品に羨望を持っているのが、さゆりには感じた。
会計を済ませ、他に見たい物があるからと、さゆりが彼に背を向けた瞬間、
彼の横の若いオンナの店員が発する言葉がさゆりの耳に届いた。
「ごくろうさま!」
「…」
よっぽど振り返り、その意味を追求しようと思ったさゆりであったが、
「ふっ…」
さゆり自身今の仕事の前にはサービス業を15年経験し、そのうちの10年は店の店長と言う立場であったから、
客に聞こえるようなセリフを発する店員など、もってのほか、怒る気もしない。
かわいそうな、若いオンナめ!
大幅値下げされても、かなり高価な家族用テントを買おうかと思っていたさゆりが、
その一言で購入をやめたことを彼も彼女も知らない。
ほ〜んと、イヤなオンナだわね!
あたしって…(笑)