先日読み終えた一冊。



『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』

尾形真理子著

 

何よりもまずタイトルが秀逸すぎる。

 

『本気の恋』という曖昧な尺度を『試着室で思い出したら』と表現する。

たしかにそれは本気の恋だなと思わせるだけの真に迫ったものがあるではないか。

 

日常の中で着る服はいつものサイズで、ぱっと選んで買うことが多い。

試着室に入りすらしない人も多いだろう。

 

しかし気になる人と初めて出かけるとき。

楽しみにしているデートのとき。

少しお洒落な場所で大事な人と食事をするとき。

 

自分を少しだけ着飾りたいときに人は試着室に入る。

時間や手間を惜しまず、鏡に映る自分を眺めながらいろいろと考えるのだろう。

 

似合っているだろうか。

おかしなところはないだろうか。

 

その考えの先にはいつだってそれを見てほしい『誰か』がいる。

 

試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。

なるほど、僕もそう思う。

(もはや解説不要)

 

著者の尾形真理子さんは元々、博報堂のコピーライターをされていたという。

どうりで秀逸すぎるタイトルを仕上げてくるわけだ。

 

完全にタイトル買いをしたこちらの作品。

あらすじを見てみよう。

 

年下に片思いする文系女子、不倫に悩む美容マニア、元彼の披露宴スピーチを頼まれる広告代理店OL…。

恋愛下手な彼女たちが訪れるのは、路地裏のセレクトショップ。

不思議な魅力のオーナーと一緒に自分を変える運命の一着を探すうちに、誰もが強がりや諦めを捨て素直な気持ちと向き合っていく。

繊細な大人たちの心模様を丁寧に綴った恋物語。

 

ということで、渋谷にある一軒の服屋を舞台にした恋愛小説になっている。

 

様々な登場人物の恋愛模様がオムニバス形式で綴られているのだが、どの登場人物も身の回りにいそうなリアルな息遣いを感じる。

 

まるで職場で同僚の悩みを聞いているかのような温度感だ。

 

大人になるにつれ、いろいろなしがらみが生まれる。

そんな中で我慢しなくてはいけないことや諦めなくてはならないことも多くなる。

 

一方で捨てられないものやすがりたくなるもの、意地を張っている自分にも気付かされる。

 

その狭間で葛藤し、疲弊し、自分自身が分からなくなることがある。

不器用で繊細なこの物語の登場人物たちのように。

 

そんな女性たちが訪れるのが渋谷にある一軒の服屋だ。

本作の主人公ともいえる店員さんの寄り添う接客。

この心をほぐしていくような描き方が素晴らしい。

 

試着をするうちに本当の自分に気付いていく登場人物たち。

この店員さんの接客には読者も癒されてしまう心地よさがある。

 

登場人物たちの心に寄り添う姿を洋服という形で表現しているのも面白い。

 

ファッションを楽しむ女性にはより情景が浮かびやすく、刺さる作品なのではと思う。

 

やや文章の書き方が独特なのか、設定が少し前後して書かれていたり気になる部分はあるものの、ライトに読み進められるのでカジュアルな恋愛小説が読みたい人にはオススメの一冊だ。

 

終わり方がすごく綺麗で読後感もいい。

晴れた暖かいお昼に公園やカフェで読みたくなるような、居心地の良さを感じる作品。

 

春先の読書のお供に手にとってみてはいかがだろうか。