第4回 日本水軍の祖は女帝 | 海賊がつくった日本史

海賊がつくった日本史

現在、2017年新春に出版する予定の仮題『海賊がつくった日本史~海の道の歴史~』という著作を執筆中です。その中の小ネタを待ちきれない読者のために小出しにします。著作が出版されるまでの間、これで我慢して待っていてくださいね。

神功皇后は『日本書記』や『古事記』に登場する伝説の人だともいわれていますが、瀬戸内海には、神功皇后が三韓征伐の折に立ち寄られたと伝わる場所が幾つかあります。
仲哀天皇の皇后ながら、天皇の死後、朝鮮半島に兵を送り、妊娠中にもかかわらず陣頭指揮を執った女傑ということになっています。
しかし、ここで注目すべきは、日本が弥生時代といわれていた時代に、朝鮮まで大軍を送り、さらに勝利したというのです。ただし西暦200年頃のお話ですから、どこまで本当か?
中国の歴史書『魏志』「倭人伝」によれば、卑弥呼が登場する頃の話です。
卑弥呼の「邪馬台国」の所在すら分からない現在、三韓征伐なんて、信じられないというのが、これまでの歴史学の世界でした。
しかし、西暦662年に、朝鮮の百済を救援するために軍を派遣した斉明天皇という実在した女帝が登場します。業績をみると、神功宇皇后とほぼ同じようなことをしていますので、斉明天皇の足跡がそのまま神功皇后の足跡となった可能性もあります。
どうやら、日本の水軍は、女性たちがリードして創設されたとも言えるかもしれません。

神功皇后が立ち寄ったという伝説のある広島県福山市鞆の浦の沼名前神社