年末にお通夜、お葬式があってバタバタしました。
多分うちの中では今までで一番衝撃的な出来事でした。
自分の覚えてる記憶では今回、お通夜、お葬式と両方出たのは初めてかも。
叔父さんが無くなりました。
小さい頃からめっちゃお世話になって土曜日になったら泊まりに行って。
第2のお父さんって感じですね。
実際実父親よりよくしてもらってましたから。
記憶もお父さんよりおっちゃんと過ごした記憶の方がはっきりあるし。
無くなった実感も全然ない。
末期がんで手の施しようがなくて。
でもあの状態でも生きてたのがお医者さんがビックリしてたぐらいで。
あっちこっちに転移してたから。
脱走を目論んだり無くなるギリギリまで喋って、文句を言って、冗談言ったりして。
でも酸素マスクを着けて呼吸をしてるおっちゃんを見るのが辛かった。
只でさえガリガリやのにうちの脂肪をあげたいぐらい骨と皮状態。
ご飯もたべれない、水分が摂取できないから。
処置の仕様がないから好きにさせてあげようってことで26日に退院予定が決まってたのに
体調が悪化、27日が山場って告知されたけどおっちゃんは頑張った。
お母さん、姉ちゃん、姪たちと仕事終わって会いに行ったらおっちゃんは苦しそうに寝たり起きたりしてた。
28日仕事が休みやからお母さんに無理言って病院にまたつれていってもらってお見舞い。
お昼まで居て皆でおっちゃんの写真とか小さい頃の写真を見て爆笑してたらおっちゃんから「うるさいっ」って何回も怒られた(笑)
また来るなって言ったその日の夜にまた様態が変化したらしく行ったらおっちゃん全然元気やった。
起きてたしピンピンしてた。
またビックリした顔で冗談言ったりおちゃらけたりしてた。
なんか心配やから29日に仕事終わってから1人で電車、モノレールを乗り継いで行った。金曜日は仕事納めで1日仕事やから会いに行けないし。
早く着きたいのに間違って伊丹空港に着いてしまったけど。
行ったらおっちゃんは美人な姉ちゃん来たって言ってくれた(笑)
声も出ない状態やけどわかった。
モルヒネを打ってるからかテンションが高くて寝てないみたい。
でもなんやかんやで少し会話をして部屋にいたら寝れないからって
おばちゃんと姉ちゃんと3人でお菓子を摘まみながら全然元気やんっていう話をした。
姉ちゃんが
「うちのお父さんの生命力を先生たちもなめたらあかんわ」
って言って頷いて。
この調子なら年も越せるなって言ってたのに。
言ってたのにそれから4時間後23時54分おっちゃんは亡くなった。
携帯におばちゃんから電話がかかってきたときビックリした。
皆叩き起こして病院に行った。
ドア開けたらおっちゃんはまた起きてるんちゃうかって思ったけど皆に囲まれて眠ってた。
触ったらまだ温かかった。
最後の最後まで文句を言ってたらしい。
死んだ振りをまたしてるんちゃうかって何回も思った。
顔に被せてた白い布がうちを現実に戻した。
30日お通夜。
おっちゃんはキレイな顔になってた。
写真はめっちゃ可愛い笑顔やった。
おっちゃんの弟、親戚が集まったけど動作、仕草おっちゃんソックリで思わず笑った。
ずっとおっちゃんの事が気になって仕方がなかった。
31日お葬式。
おっちゃんとは今日でほんまに最後。
おっちゃんともっと喋りたかったな。
面白くないギャグ聞いて寒いって言って皆でご飯食べたかったな。
退院したら皆でたこ焼きパーティーしようって約束したけど出来なくなっちゃった…。
自由人のおっちゃん、今頃色んな所に行ってお酒飲みまくってるんやろうな。
人が居なくなるっていうのでこんな泣いたのは初めて。
みんな泣いてたよ。おっちゃんの友達いっぱい居て子供が好きでお酒、タバコが好きなおっちゃん。
おっちゃんと一緒に遊びに行ったり泊まってお風呂入ったりご飯食べたり楽しかったな。
絶対忘れられへん。
写真も棺に入れようかなと思ったけど出来なかった。
おっちゃんバイバイ。
またいっぱい話しようっ
おっちゃんの話うちもいっぱい聞くからさ。
おっちゃんの話に着いていけるのうちだけやもん。
うちが行くまでめっちゃ時間かかると思うけど待っててよ。
レアな焼酎とビール、カブ札持って会いに行くからさ。