大きなスーツケースに持てるだけの荷物を詰め込んで飛行機に乗った僕は面接に行くことしか考えていなかった。


札幌から東京までは飛行機に乗ってしまえば早いもので1時間30分でつくのだ。


大きなスーツケースを品川駅のコインロッカーに押し込んで面接に向かった。



 そこの会社はとても大きなビルの最上階にあった。とても場違いな気がした。


だけど自分を売り込む事に全力をつくした。


 面接が終わる時面接してくれた人が最後に言った。


採用の場合にだけ連絡いたします。



僕には電話がかかってこないのはここで決まっていたのだ…。



それからも何社か面接にいった。結果は見事に全滅だった。



 その間僕はネットカフェに寝泊まりしていた。家がなくてもそれなりに暮らすことはできた。


だけど東京にでてきたのでこのまま札幌に帰るのも悔しかった。


 そこでしばらく住んでみようと思って僕は不動産やに部屋を貸してくれるように頼んだ。


部屋はとりあえず埼玉に借りることになった。


大企業はあきらめて僕は近くの正社員になろうと面接に行こうとしていた。


すると僕に1本の電話が入った。



その電話は姉の旦那さんからで忙しいから手伝いにきてくれと言う電話だった。


千葉に住み込みできてくれと言うことだったので一瞬迷ったが僕は大変だと言う人をほっとけないので


すべてを置いて千葉へ飛んだ。


 そこでの仕事は札幌でやっていた仕事で未来がない事はわかっていた。


僕は身動きがとれなくなり毎日スナックで知らない人達と騒いでいた。


 その日暮らしの生活がしばらく続いた。酔っぱらってパチンコ屋で寝ていた事もあった。


最悪な人生を最高に楽しんでいた。毎日二日酔いで仕事に行くのが楽しかった。



 千葉の仕事も終わって次は八王子の仕事があると聞いていた。


もちろん断るつもりだった。でもそこで怠け者の僕がでてきてしまったのだ。


 他で仕事を探す事が面倒くさいとおもった僕は軽自動車を買って仕事に行く約束をした。


それから間もなくして東京に引っ越した。



  ここでインターネットを契約しなかったら僕は何も行動を起こさなかっただろう。


僕は原点に戻りなんで東京に行こうかと思ったのかを考えた。


 そんな時思い出したのが金持ち父さんを読んだことだったのだ。


そのシリーズのなかで金持ち父さんのビジネススクールと言う本に出会った。



そこで進めていたのがネットワークビジネスだった。


 ネットワークビジネスと聞くとなぜか騙される気がするのは僕だけだろうか?


インターネットで検索するとさらに恐ろしいと思うようになった。


 だけど安全な所には安全に生きる為の教えしかないのは事実だった。



僕はまじめに働いてお金を稼いできてその給料の中で暮らすように教えられてきた。


それが当たり前だと思っていた。夢は叶わないものだと思っていた。



 だから夢に向かって1歩踏み出す事がどんなに怖いか僕にはわかる。


皆と違う事をして皆の意見を否定するのがどんなに怖いか知っている。



それでも僕は階段を上りはじめた。その階段は上らなくても下を歩いていけたのにね…。



                                          続く

さて、次は地元のお祭りのフリマに参加することにした。


なんてことないお祭りなのでこの前のフリマよりも売れないだろうと思っていた。


唯一このお祭りのフリマは500円しか場所台がかからないのが魅力だった。


とてもいい天気に恵まれて気持ちのいい朝だった。


僕のお店の戦略はお祭りに合わせた製品も新たに仕入れて挑んだ。


 見事に的中した製品はどんどん売れて行った。


その中でも一番の人気だったのは30円のヘアバンドだった。


始めに買っていったのは小学生の女の子だった。


するとその子が友達を連れてまた買いにきたのだ。


その友達もまた友達をつれて買いに来てあっという間に人気色は売り切れてしまった。


ここでは製品の良さがお客さんを自然につれてくることを学んだ。


僕たちはただ売っていただけだった。


 他の売れない製品には広告をかざった。


売れているものを宣伝しようとはしなかったのだ。


 僕は製品を売る事ばかりを考えて集客することを見逃していたのだ。


そこで僕たちは製品を身につける事を思いついた。



 自分たちがつけはじめたら自然とお客さんもその製品に目がいくようになった。


ここで愛用者になることを学んでいたのにお祭りが終わると身につけた製品も


ダンボールに押し込んだ。



それからはまたインターネット広告にお金をつぎ込み


売れ行きも伸びなくて僕は店をしめる決断をした。



 それから2か月悩んでいた僕は東京に言って大企業で働こうと言う決心をした。



早速何社かに電話をして面接をしてもらえるように頼んだ。


 面接が決まると僕はスーツケースに荷物を詰め込んで飛行機に乗ったのだ。



                                          続く

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20090515上京



僕は北海道の札幌で毎日一生懸命働いていました。夏は力仕事をしながらネットショップを運営していました。


最近流行りの週末起業です。製品は母親が作るハンドメイドアクセサリーでした。


姉にネットショップのサイトを管理してもらっていました。


それで僕は広告をだす為の資金を稼ぐ為に働きに出かけていました。


 そのおかげかどうかわかりませんがサイトのアクセス数は伸びました。


多い時は一日1000アクセスを超えていました。


それなのに売れませんでした。一日に1つ売れたら喜んでいました。


そんななか僕がやった行動はインターネットに広告をだすことだけでした。


 自分のお店で売られている商品を自分で使っているわけでもないのに自信満々に広告を出していました。



その広告では僕のお店の商品は世界1だと伝えていました。


 

もちろんその製品の愛用者になっていない僕が世界1素敵だと言ったところで誰も買うはずがありませんでした。


あまりにも売れないので僕は製品が悪いから売れないのだと思い他の製品もたくさん仕入れて販売しました。


僕が良いと思った製品やランキングNO1の製品も取り扱い販売しました。


結果は在庫が増えただけでした…。



在庫をたくさんもった僕は資金に困り少しのお金を求めてバーゲンを開きました。


閉店セールをやろうとフリーマーケットに参加しました。


 そこでは値切られてなんぼの商売をするしかありませんでした。


だけどただ家の中でインターネットで販売するよりは楽しい時間でした。


それに人と話す事でたくさんの教えがあることに気付きました。



お客さんが商品を手にとり聞いてきました。これいくらまで安くなるの?


その商品は500円の値札をさげて僕は頑張っても300円までだと答えました。


お客さんは200円なら買うと言いました。


僕はお礼を言って商品と200円を交換しました。



そんな取引を3回ほど繰り返しました。やっと僕が不利な立場で販売している事に気が付きました。


そこでお客さんに逆に聞いてみる事にしました。


いくらなら買いますか?するとお客さんは300円で買いたいと行ってきました。


僕は悩んだふりをして言いました。特別ですよ。本当は500円だけどお客さんだから特別に300円でいいですよ。


この時点でさっきより100円高く売れたのだ。お客さんも値切った事に満足して帰っていったのだ。



もしもお客さんが200円と言ってきたら今度は断る事を学んだ。


先にお客さんの希望を聞く事で始めに僕が立たされた立場にお客さんを立たせる事を学んだ。


失敗から学ぶ事をこの時に初めて学んだ。



どうにもならない外人…。


そんなフリマのお客さんのなかで一番手ごわいのは外国人だった。特に黒人にはかなわなかった。


まず日本人と違うのは店の前に座り込む事だ…


それからゆっくりと商品を選んで値切り交渉を始めるのだ。ある程度値段が決まってこの額なら販売しますよと言ってからが日本人とは違うのだ。


 その外人は夫婦で旦那さんが値切り交渉をしていた。ある程度話がまとまったかと思うと


奥さんのお腹にはベイビーがいるのだと話し始めた…。


それはおめでとうと握手をして料金は2000円だと伝えた。


 旦那さんは全然お金を払おうとはしない。


すると突然バースデイソングを歌い始めた。僕はポカンとしてソングを聞いていた。


バースデイソングが終わると旦那さんはベイビーにプレゼントをくれと言い始めた。


外人さんのベイビーが生まれてくるのがうれしい訳ではなかったが


しかたないのでプレゼント代わりに製品を1000円にしてあげるよと僕は言った。


するとうれしそうな顔で外人は握手をしながらファミリーファミリーとケラケラ笑っていた。



 まあいいかとあきらめてありがとうございましたと製品を手渡した。


だけど外人は帰ろうとしなかった。あらたまってこう話した。



実はベイビーは双子なんだ。もうひとつプレゼントをくれと言ってきた。


なんて図々しいのだ。まあいいかと思いどれを買いたいのか聞いてみるとさっきの色違いのハンドバックがほしいと言ってきた。


僕は悩んでこういった。わかったよさっきと同じ1000円でいいよと僕は言った。


すると外人はまたバースデイソングを歌いはじめた。


歌い終わると外人は言った、ヘイ!ファミリー!300円にしてくれないか?



こんなに気持ちいい値切りはなかなかないので僕は流れに任せて300円で売ってあげた。



 このフリマでは場所代くらいしか稼げなかった。



                          続く