偉大な恩師 | Mimy's blog

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日々の自己成長記録

今年の夏、秋田へ帰省した時にピアノのN先生を訪ねました。



残念ながら、お出かけ中でお会いできませんでしたが、



その夜の電話で久しぶりに、1時間以上にわたりお話をしました。




私がピアノを習い始めたのは10歳からです。



小学校1~2年生の時に、仲良しのKちゃんがピアノを習っていました。



Kちゃんのお宅は、お母さんがタイピストスクールを経営していて、



とても裕福なお宅でした。あの頃はピアノを習えるのは裕福な家ばかりでした。



そのKちゃんが学校帰りにピアノレッスンに寄るときに、一緒に付いていきました。



女性の先生で、ちょっと市内にはいそうにない垢ぬけた先生だな、



というのが第一印象でした。





お宅もピアノレッスンをしているとは、全然わからないような感じで、



前には貸衣装屋のショーウインドウがあって、



玄関から奥へと続くコンクリートの長い廊下を通って、



たどり着いたところは、蔵でした。



その蔵の引き戸を開けると、洋風のピアノレッスン室があって、



グランドピアノとアップライトピアノが置いてありました。



生徒さんはアップライトを弾き、先生が連弾をするときはグランドピアノで合わせるのです。




小学校4年生になって、器学部へ入部した時、



経済的に大変なのをわかっていたので、なかなか言い出せないでいたのですが、



母にピアノを習いたいと言いました。



母は理解を示してくれ、ピアノ教室に連絡をとってくれました。



私はKちゃんの通っていたピアノ教室だとばかり思っていましたが、



行った先は、N先生のお宅の1件あけて隣の別のピアノ教室だったのです。



初心者でしたが、ある程度学校のピアノで遊び弾いていたので、



レッスンは全くの初心者向けで 「何か違う」 と感じました。




その一回目のレッスンを受けて、母にN先生に習いたかったことを告げました。



私の伝え方が足りなくて、母も勘違いしていたので、



今度は一緒にN先生のところへ直接2人で行きました。



初めてのレッスンはとても楽しいものでした。



「器学部に入っているからバイエルの真ん中からでも大丈夫でしょう」



といきなり飛び級式のレッスンは、とても私をわくわくさせるものでした。



てきぱきとしたレッスンの運びも、私の求めているものそのものでした。





そして、母がたまたま訪問した時に、N先生が英語の塾を夜遅く開いているのを見て、



「あの先生は、なかなか発音が良かった」 と小学校6年生からN先生の塾へ通わせてくれました。



英語だけではなく、数学の教科もセットでした。



N先生が言うには、



「秋田県人は英語の発音を上手にできる素質を備えています。



標準語には無い方言の微妙な発音は、英語の発音に似ているからです。」



それからというもの、英語と数学は大好きになりました。



週2回の塾は、とても楽しい時間となりました。



ピアノのレッスンは、塾が終了後の午後9時から受けられました。




N先生の髪形は、その当時のオリビア・ニュートン・ジョンと同じような感じで、



雰囲気や話し方は、ピアニストの中村紘子さんに似ています。



蔵の中のレッスン室には、



市民会館にコンサートに来た中村紘子さんとN先生とお嬢さんが、



一緒に写っている大きな写真が飾られています。






今の私があるのも偉大な恩師のおかげです。





☆今日もありがとうございます☆  Be relax. Have a good dream!