6月におじいちゃんが亡くなりました。
その時にブログに書こうと思ったけど、書けなかった。
今年の前半、よく博多に帰ってたのはそのためです。
癌でした。
2月の時点で「余命1ヶ月」を突然聞かされて、母は1年位前から末期癌だと言うことは知ってたみたいだけど。おじいちゃん、おばあちゃん、そして孫の私達には知らされてなかった。
2月にそれを聞いた時は、毎日のように泣いてました。
すぐに週末に博多に会いに行きました。
おじいちゃんは、治ると思ってる訳だから、泣いちゃいけない。って思って
病室では明るく振る舞ってましたが、最後に帰る時には、病室を出た後に病院のエレベーター前で叔母と抱き合って泣きました。もう会えるのはコレが最後だなんて信じられなくて・・・
でも、奇跡が起こってGWにまた会えました。GWはゴスペルの発表会が終わってすぐに博多に飛んで行きました。
その時は大分、心の準備も出来てたので、2月の時程ではなかった。
おじいちゃんが亡くなった後、友引とかの関係でお葬式の日が少しずれました。なんと母の誕生日がお葬式になってしまいました。そして、四十九日を数えると叔母の誕生日でした。
おじいちゃんにとってたった2人の娘の誕生日に合わせるなんて・・・
おじいちゃんは60過ぎてから1人で南極旅行に行ったり、趣味のビデオ撮影が認められてNHKの番組に出たり、テレビ局からテープを貸して欲しいと依頼が来たり、
何かと素晴らしい人でした。躾にも厳しい人でした。
何でも用意周到な人で、自分の遺影まで額に入って用意されていたし、
万が一の事があったら連絡する人リストまで作ってあったし、
葬儀屋さんと打ち合わせまで済ませてありました。
決してそれは癌になったからではなく、人間皆いずれは死が来るもの。ということで準備してたようです。
前から心の準備が出来ててもこれだけ悲しい訳だから、
身内や大切な人が、突然亡くなったりでもしたら、どんなに悲しいか想像も出来ません。
これからはおばあちゃんを今まで以上に大切にしていこうと思っています。
いつになるかわからん私の子供をおばあちゃんに見てもらって、おじいちゃんに報告してもらわないとあかんからね。