『ウグイス』 | 朔太郎のエッセイだったり短編

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「今さらブログのようなものを始めたのはいいんだけどね」
と言って、コーヒーをひとくち飲んだのは良いが
熱くて噴いた。


   76匹くらいのセミが鳴き叫んでいた。
   
   多くの墓地がそうであるように、寺の横にその墓地は併設されており、夏の深緑の木々に囲まれながらひっそりと訪問客を待ち続けていた。
   僕はやたら蚊が多い(2匹までは何とか数えた)水汲み場まで行き、つんざくようなセミの鳴き声を聞きながらバケツに水を汲んだ。そしてあらかた墓周りの掃除を終え、祖父、祖母、の順番に線香をあげていると、セミの鳴き声と鳴き声の合間にホーホケキョという聞き慣れた鳴き声が聞こえてきた。ウグイスだ。しかし、春の訪れにしては何とも季節外れだ。
「もしかして」とそのウグイスは言った。「いま、夏のくせにウグイス鳴いてらあ、って思いました?」
「……いや」と僕は言った。何なんだ。「うん、まあ確かに思ったかも。夏でも鳴くんだね」
   ウグイスは“くちばし”を2回ほどパチパチ鳴らし、ふう、と溜息をついた。
「夏にも鳴きますよそりゃ。別に春だけよいしょと起きて、ここいらでひと鳴きしたあと、じゃあまた来年まで寝よ寝よ、となると思ってたんですか?
   そんなことは思ってないし考えてもない、という旨のことを僕は正直にウグイスに伝えた。
「気を悪くしたんなら謝るよ」と僕は言った。
「まあいいんですけどね」とウグイスは言った。「もう慣れちゃったといえば慣れちゃいましたし。いつもいつも夏ごろに鳴く度に、『あらあらうっかり屋さんのウグイスね。間違えたのかしら?』とか『変ねえ、この辺は夏でも鳴くのね』とか、毎回言われるんですよ。それで少々鳴き辛くなって……という訳でもないんですけど。でもねあなた——」
   ウグイスはそこまで言って、コホンと咳払いをした。
「失礼。でもねあなた、外敵がいなけりゃそりゃあ私だってこんな腑抜けた鳴き方なんて水道の蛇口をきゅっと締めるようにぴたっとやめますよ。そりゃあ。だって何せ妻が子どもを育ててるんでね。家に無事に妻が帰って来れるように鳴き続けなけりゃ、今度は別の意味で泣くことになりますからね」
   ウグイスはそう言ってニヤリとくちばしをぴくぴくとした。ウグイスは笑うときはくちばしを広げ、ニヤニヤするときはぴくぴくとするのだ。
「そっか、じゃあ頑張ってね」と僕は言った。

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