Gustav Mahler&Mr. Christian Thielemann🌹4泊6日ドレスデン遠征【第9弾】

クリスティアン・ティーレマン氏&シュターツカペレ・ドレスデン

 

グスタフ・マーラーの誕生日でもある7月7日、8日、9日の全3公演、満員御礼!

 

 

非常に嬉しく、興奮した様子でグスタフ・マーラーは交響曲第8番変ホ長調について、当時このように語った。「大宇宙が響き始める様子を想像して下さい。これまでの私の交響曲は全て(この作品の)序曲に過ぎなかった。この交響曲は偉大な歓喜と栄光を讃えているものです。Es ist das Größte, was ich gemacht habe. Denken Sie sich, dass das Universum zu tönen beginnt.」

 

シュターツカペレ・ドレスデンは2023-2024シーズン創設475周年を迎え、マーラー《第8番》はアニバーサリー・シーズンの終楽章。14年間(首席指揮者12年間)ザクセン親善大使(と私は呼びたいが2024年6月にザクセン憲法勲章を授与される)としてドレスデンを盛り上げたChristian Thielemannクリスティアン・ティーレマン氏がゼンパーオーパーで最後に指揮するプログラム。

 

 

そして7月7日の演奏後、ティーレマン氏はシュターツカペレ・ドレスデンの名誉指揮者に任命される。コリン・デイヴィスとヘルベルト・ブロムシュテットに続き、3人目の名誉指揮者となる。授賞式には、芸術監督ペーター・タイラー(同じく2024年に退任)が登場。続いて、ミヒャエル・クレッチマー首相がスピーチの後にマイセン磁器で作られた指揮棒(別れの贈り物)をティーレマン氏に贈呈。


 

3日間ゼンパーオーパーで開催されたマーラー《第8番》は、3つの合唱団(バイエルン放送合唱団、ドレスデン・ザクセン国立歌劇場合唱団、ドレスデン・ゼンパーオーパー児童合唱団)に、グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団。8人のソリスト(カミラ・ニュルンド、リカルダ・メルベート、レギュラ・ミューレマン、シュチェパンカ・プチャルコヴァー、クリスタ・マイヤー、デイヴィッド・バット・フィリップ、ミヒャエル・フォレ、ゲオルク・ツェッペンフェルト)と豪華な布陣。

 

ステージには16型オーケストラの前に独唱(7人)が並び、最も客席寄りの指揮者は彼らと密にアイコンタクトが取れる。打楽器の後ろは合唱団、2階の右(ステージ真横と客席を含む)バルコニーに児童合唱団とは実に効果的。5階に副指揮者が待機し、バンダの金管楽器は6階。ソプラノIIIは、4階の左(ステージ真横)バルコニー。独唱陣は前方に立つのか後方か分からず、当日までドキドキしながら待ちわびた。

 

マーラー《第8番》Semperoper Dresdenの客席数について。サントリーホールは2006席(Pブロック190席+LAブロック+RAブロックの半分を引く)から約1706席。NHKホールはクラシック音楽の専門ではないが参考までに3601席。ゼンパーオーパーでの3日間はステージ拡張(2列目が最前列)実質1252席-客席に児童合唱団となると、人件費が掛るマーラー《第8番》はNHKホールでの鑑賞たった1回分と贅沢だ。

 

1910年のミュンヘン初演に1030人も参加したが、ティーレマン氏の送別会は335人と多人数を避け(例えオペラハウスの規模により決定したとしても)、合唱団をソリスト級の構成でバシッと決める。第1部の力強い賛歌「Veni, creator spiritus」(創造主の精神よ)から、既に聴衆を圧倒。バイエルン放送合唱団とドレスデン・ザクセン国立歌劇場合唱団のアンサンブルがピタッと合い、出だしから巧い!引き締まったアプローチは、流石Kapellmeister Christian Thielemann!

 

続く、独唱陣は次々と美しい声の糸を紡ぐ。そして、魅力的な重唱。誰かが飛び抜けることなく、見事に調和している。ゲネラルプローベを含み4日間とても新鮮な気持ちで鑑賞出来たのは、彼ら彼女らの力が大きい。カミラ・ニュルンド氏は、他の歌手と比べ同じテンポで歌える天才的な歌手。2日目は思い切り歌い2回ほど咳をしてしまったが、私は感動して胸が熱くなる。何と輝かしく眩しい歌唱。バイロイト音楽祭をはじめ、ティーレマン氏と共演を重ねるバリトンのミヒャエル・フォレ氏の歌唱は際立っている。ゲネラルプローベでは随分テンポが速く驚いたが、初日以降の深い呼吸と響きの美しさに息を呑む。アコースティックの力を借りず、人を虜にする存在感。そのフォレ氏も気合が入り過ぎたのか、7月8日だけ声が割れてしまう。一方、2人の意気込みが指揮者に伝播したのか、オーケストラ特有の『中弛みの中日』と言う神話を吹き飛ばす最上の金字塔的名演になる。

 

厳密に言うと、初日は右側(テノール、バリトン、バス)の声量が大きかった。2日目は、左側(ソプラノⅠ、ソプラノⅡ、アルトⅠ、アルトⅡ)とのバランスが完璧になる。バスのゲオルク・ツェッペンフェルト氏のテキストに明瞭なディクションは、常に期待以上。3日間、それはもう声楽の鑑。マエストロを知り尽くすアルトⅡの貫禄あるクリスタ・マイヤー氏とツェッペンフェルト氏は指揮台から離れた両端に位置していたものの、以心伝心でオーケストラに溶け込む神業に驚くばかり。

 

さて、今年のウィーン国立歌劇場《ローエングリン》のタイトルロールで厳しい評価を得たデイヴィッド・バット・フィリップ氏に対し、私は不安で仕方がなかった。しかし、第一声を耳にしティーレマン氏との遣り取りを見て視界が開ける。指揮棒に食らいつき、マエストロの表情を真剣に目で追い、待ち望んだ歌唱が鮮やかに開花。聴かせどころをバッチリ押さえるから、オーケストラと共に密度が濃くなる。1秒1秒、丁寧にピッタリ合わせる姿勢に胸を打たれた。特に千秋楽はマーラーの枠をギリギリ超えるか超えないか、抒情的で泣かせる歌唱。彼はクラウス・フロリアン・フォークト氏と似て、録音に収まらない声の持ち主かもしれない。見事だったのは、その日の指揮者の解釈を最も自然な形で歌い上げたように聴こえたこと。テノールが良いと、マーラー《第8番》は本当に充実するので嬉しいサプライズ。

 

ソプラノⅡのリカルダ・メルベート氏も彼と共演が長く御互い分かり合い、本来なら安心して聴いていられる。ところが、2日目だけオーケストラとの絡みが一部やや危うかった。高みを目指し、テンポが揺れ過ぎたのかもしれない。それ以外は、ソプラノⅠのニュルンド氏と対照的な鋭い声質でソプラノⅡと有終の美。アルトⅠのシュチェパンカ・プチャルコヴァー氏の声質は申し分ないが、3日目に漸く指揮棒に支えられ合わせられるようになる。何故、最初からそうしなかったのか。ソプラノⅢのレギュラ・ミューレマン氏は、3階から印象的な美声を響かせた。強調したいこととして、これもひとえにシュターツカペレ・ドレスデンが素晴らしく柔軟で優秀だからソリスト達は自由に歌える。つまり、1回1回が個性ある公演になる。だから、昨年のマーラー《第3番》4連発より(独唱が7人もいると)振れ幅が大きくなり、4日連続マーラー《第8番》鑑賞経験が特別なものになったのだろう。ちなみに、ドレスデン・ゼンパーオーパー児童合唱団に対し、ティーレマン氏は優しい表情で熱心に導いていた。

 

オーケストラの主役は、コンサートマスターのマティアス・ヴォロング氏。バイロイト音楽祭では、必ずティーレマン氏のコンサートマスターを務める。昨年のマーラー《第3番》第2楽章でも高解像度な花弁の姿を表現し、今回もソロで記憶に残る演奏を披露。私にとってシュターツカペレ・ドレスデンと言えばブルックナーだが、今回の対位法的な展開や華々しい金管楽器の活躍、ダイナミックレンジの広さに舌を巻く。マーラーとなると、強弱の書き方やバランスなどウィーン楽友協会が理想の箱だろう。しかし、この記念碑的な大宇宙の響きはSemperoperに適応する。ピアニッシモからフォルティッシモまで、100年に1度のミクロな奇跡シェーンベルク《グレの歌》2020年3月の鑑賞経験を彷彿とさせ、驚異的な音の爆発はウィーン楽友協会で感じたブルックナー《第9番》公演の音圧を遥かに超える。

 

極めて重要なオーケストラ、Die Sächsische Staatskapelle Dresdenについて。もともと巧いが、2日目は当日の指揮者の閃きに反応し物凄い集中力で応えていく。ミリ単位で指示するティーレマン氏の棒から解釈を読み解き、間髪を入れずアンサンブルを編み上げる。例え大きな音量になっても、美しくクリアな発音をキープ。音は煌めきながら、ホールの隅々にまで届けられる。トゥッティの時は、私の鼓膜は今夜で最後と思うくらい限界の擦れ擦れ。エネルギーが足元からビリビリ椅子に伝わり、水深はドンドン深くなり水圧が大きくなる。ティーレマン氏の公演(オペラとシンフォニー)鑑賞で、ここまで大きな音は聴いたことがない。ワーグナー《ジークフリート》公演2018年のアンドレアス・シャーガー氏が右に2人、左に2人のブリュンヒルデの合計4人に合唱団。そして《神々の黄昏》【ジークフリート葬送行進曲】を同時に鳴らされたくらい、大宇宙と言うより台風の目に飛び込むような感じだ。

 

通常、千秋楽の完成度が1番になる。ファイナル公演はマエストロの最後の日と言うこともありオーケストラの一部は悲しそうだった。心理的なこともあり、最高潮に達したのは2日目ではないかと私は思う。作り込みが見事で、表現は繊細で緻密。ダイナミックレンジは洗練され、極上の演奏。合唱や独唱が休みに入ると、指揮者に背中を押され「出番だ!」とばかりにオーケストラが主役になる。ワーグナーの舞台転換音楽の時のように、ポジショニングを流さずグッと盛り上げるイメージ。単なる繋ぎにならない音楽作りは、シュターツカペレ・ドレスデンとティーレマン氏による至芸。又、弦楽器の技術力を要するマーラー作品には「特別な運指が必要」、と元弦楽器奏者で指揮者のクラウス・テンシュテット氏は語る。より一層マーラーへ近付く為に弦の魅力が欠かせないなら、彼らは選ばれしオーケストラ。マエストロは今回、スコアを用意され指揮をしながらページを捲られたが、紙音ひとつせず静かだった。

 

我が最愛のティーレマン氏は、滅多にマーラーを取り上げない。その理由はインタビューに語られている。録音でも分かる通り、彼らしさはブルックナーとのそれと異なる。だから、7月上旬のドレスデンに集まる聴衆は【送別会】を逃したくなかった人。特に第2部は彼の哲学が演奏に息衝いており、その想いは特別。思わず頷きたくなる箇所は幾つもあり、彼の心はマーラーの愛と結ばれた。オーケストラと合唱と独唱に激しく抱擁され、息絶えたかのような1時間20分。いや、4公演鑑賞し、授賞式とスピーチの40分を足せば6時間も共に過ごすことが出来た。私の個人的な美の欲求を満たした最高の体験。2020年《グレの歌》に続き、これ以上の金字塔的名演を暫く経験することは出来ないでしょう。私は貴方の芸術に触れる為に此の世に生まれた。ドレスデンに滞在したのは81日間。長いようで短かった。次は何処へ行けば良いのだろう。

 

Gustav Mahler »Symphonie Nr. 8«

Chefdirigent  Christian Thielemann

 

Sächsische Staatskapelle Dresden

Semperoper Dresden

 

6.7.2024 (ゲネラルプローベ) 

7.7.2024 (3公演中1回目) 19:00 UHR

8.7.2024 (3公演中2回目) 19:00 UHR

9.7.2024 (3公演中3回目) 19:00 UHR

 

Camilla Nylund SOPRAN I (MAGNA PECCATRIX)

Ricarda Merbeth SOPRAN II (UNA POENITENTIUM)

Regula Mühlemann SOPRAN III (MATER GLORIOSA)

Štěpánka Pučálková ALT I (MULIER SAMARITANA)

Christa Mayer ALT II (MARIA AEGYPTIACA)

David Butt Philip TENOR (DOCTOR MARIANUS)

Michael Volle BARITON (PATER ECSTATICUS)

Georg Zeppenfeld BASS (PATER PROFUNDUS)

Chor des Bayerischen Rundfunks

Sächsischer Staatsopernchor Dresden

André Kellinghaus EINSTUDIERUNG

Kinderchor der Semperoper Dresden

Gustav Mahler Jugendorchester