Richard Wagner und Kapellmeister Christian Thielemann🌹

クリスティアン・ティーレマン氏&シュターツカペレ・ドレスデン

6泊8日ドレスデン遠征【第8弾】

 

 

今になり理解出来る、ルートヴィヒ2世がリヒャルト・ワーグナーに送った言葉を。「ただ1人の人よ!聖なる人よ!何と言う恍惚!溺れ、沈む、無意識に、最高の逸楽、神の如き作品!永遠に、忠実に、死を越えて!」1865年6月10日《トリスタンとイゾルデ》初演の夜の手紙より。ワーグナーは【凡庸な演奏】を望み、そのような演奏こそ彼を救うことが出来たと言う。完全なる優れた上演は実存的な陰鬱さと音楽的な陶酔の為、聴衆を狂わせるに違いないと。Wagnerの最高傑作は、長年に亘りクリスティアン・ティーレマン氏の絶対的なお気に入りである。それゆえ、漸く掴んだチャンス『バイロイト音楽祭』2017年こそ【初めてのトリスタン経験は彼の音楽指揮の下】と決め、他の指揮者の録音や映像を避け真っ新な状態で挑んだ。しかし、インタビューにて「新鮮かつ刺激的でエキサイティングな公演になるよう、意図的に何年も間隔を開けて作品に取り組む」と語る彼の意気込みを知ってしまうと、予習は必須だと考え直し、今回は5ヵ月前から開始。更に、注目すべき点は他にもある。トリスタン役を務め主要なワーグナー・テノール制覇(トリスタンとジークフリートを歌えるテノールは希少)となるクラウス・フロリアン・フォークト氏にイゾルデ初役はカミラ・ニュルンド氏とあらば、鑑賞の機会を逃すわけには行かない。そして、会場はワーグナー縁の地【ゼンパーオーパー・ドレスデン】と完璧だ。ワーグナーは1843年から1849年まで、(当時)ザクセン宮廷カペルマイスターとしてオペラハウスの専属オーケストラと関係を築いた。シュターツカペレ・ドレスデンは2023-2024シーズン創設475周年を迎え、《トリスタンとイゾルデ》はアニバーサリー・シーズンのハイライトの1つ。演出はニコラウス・アーノンクール氏からも高く評価されるマルコ・アルトゥーロ・マレッリ氏によるもので、1995年5月に初演、再演は12年振りとなる。ワーグナーのスペシャリストChristianティーレマン氏が世界最高の音響を誇るSemperoper Dresdenで【新しい世紀を告げる偉大なWagner作品】《トリスタンとイゾルデ》を取り上げるのは(彼にとって)最初であり(シーズン・ラスト2024年7月7日、8日、9日のグスタフ・マーラー《第8番》はシュターツカペレ・ドレスデン史上2度目)最後になるだろう。

 

 

冒頭に書いた通り、作品、指揮者、オーケストラ、オペラ歌手が揃い瞠目すべき企画である《トリスタンとイゾルデ》は、随分前から計画され満を持して登場となる。私が鑑賞した日は、4公演あるうち2回目(1月25日)と3回目(1月28日)にあたり、どのような狙いかユニテルの収録は未完成(例えば<プレミエ>)や現場力で乗り切る<初日>でなければ、完成度が高まる<千秋楽>を重ねることもなかった。本番前(自宅での練習やリハーサルやゲネラルプローベ)から出演者達の声を聞いていたので、果たして当日はどうなるか固唾を呑んで見守った。

 

まず、オペラ歌手陣から私が感じたことを率直に記録したい。特筆すべき点は、経験値と技術力でカバーする佳境を超えたオペラ歌手陣(トリスタン役とイゾルデ役)の姿はなく、全盛期を迎えているフォークト氏とニュルンド氏が選抜されたこと。ステージ手前から離れた後方で歌われても、真っ直ぐ飛んでくる見事な音程にテキスト、そして明瞭なディクションはフォークト氏の最大の強みである。子音の美しさに、過剰なビブラートや癖がないのもダイヤモンドな天性の声。そこに重く強固な安定感が備わり、明らかに進化を遂げた2020年1月2月ティーレマン氏指揮ゼンパーオーパー《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を上回る技術力が聴こえてきた。彼の熱唱を耳にし、何度ビリビリ鳥肌が立っただろう。声を張り上げても、擦れたり割れたりしない。更に驚いたのは、第1幕、第2幕、第3幕と時間を追う毎に歌い方に変化をつけるレベルの高さ。集中力を保ちつつ、目配り気配り舞台衣装や道具に対する木目細かさも健在。余裕すら感じられた。彼が舞台にいるだけで作品が浮かび上がる、その存在感。一方、オーケストラ奏者達からも評価を得るカミラ・ニュルンド氏の歌唱は叙情的で輝かしく美しいが、1月25日については控え目な声量が気になった。ところが3日後の1月28日は見違える程、思い切った白熱の瞬間を何度も魅せ、全幕とにかく見事なイゾルデに聴衆は熱狂。もっとも彼女自身、インタビューを通じて「私はHochdramatischeではありませんが、賢明であれば敢えて(挑戦)出来ます」と告白され、ステージに立つ彼女は(イゾルデになる!)気概に溢れていた。初めて挑むテキストの正確性は、フォークト氏以上かもしれない。シェーンベルク《グレの歌》でも、近視眼的にならず俯瞰的に捉える彼女の歌唱には感服する。知的かつ感情的にもなれる美男美女、ビジュアルにも恵まれたトリスタンとイゾルデの誕生。

 

【3月28日】

追記:初日と2回目の経験を基に、フォークト氏は更に迫力のある演技力で聴衆を圧倒。しかし、スタミナは勿論のこと、言葉数が多く速いテンポで歌わなければならない至難の第3幕にて僅かな歌詞の間違いが(タイトルロールでデビューゆえ)散見された。それについては「鉄は熱いうちに打て」の如く、約2週間と言う異例の速さで完成された映像配信に(細かい修正は)間に合わなかったのだろう。もしBlu-ray商品になる場合(字幕が付くので)、技術力を駆使して完全な作品に近付けて欲しい。

 

バイロイト音楽祭の常連オペラ歌手クリスタ・マイヤー氏の代役を果たしたのは、ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー氏。彼女の歌唱を初めて聴いたのは、ジョナサン・ノット氏とのリゲティ《レクイエム》と馴染みの薄い作品ながら印象に残る歌唱。今回のブランゲーネ役も期待したが、第2幕(1月25日)の聴きどころで歌詞が飛んでしまい(※ゲネラルプローベはマイヤー氏が歌ったとのこと)プロンプターが叫ぶも少しタイミングが遅れたか。安定するまで暫く時間を要し聴衆の私までハラハラしたが、3日後の1月28日は頭角を現し哀愁を帯びた調べに豊かな声をオペラハウスいっぱいに響かせる。マルケ王を務めるゲオルク・ツェッペンフェルト氏は、正真正銘のキング・オブ・ワーグナー歌手。ザルツブルク・イースター音楽祭から9ヵ月後の2020年《ニュルンベルクのマイスタージンガー》では2度目となるザックス役を完璧にものにし、バイロイト音楽祭でもマルケ王役で聴衆の心を掴んでいる。ステージに現れ第一声を発すると、オペラハウスが引き締まる。最も重要な部分を牽引した、と言っても過言ではないだろう。1月25日のカーテンコールでは、最大の拍手が沸き起こる。クルヴェナール役は、マーティン・ガントナー氏。1月25日は迫力を感じなかったが、1月28日は全幕を通して声量が上がり目覚ましい活躍ぶり。第3幕では、迫真の演技に歌唱。トリスタンと声質が非常に異なる為、2人が代わる代わる歌うシーンはコントラスト効果抜群。メロート役Sebastian Wartig氏も好演し、牧人と若い水夫を兼任したAttilio Glaser氏は今後が楽しみなオペラ歌手。特に、第3幕は聴衆にも好印象を与えただろう。

 

肝心要、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏について。シンフォニーにも当て嵌まるが、オペラの2回目は初日や千秋楽に届かぬ何かが感じられる。同曲異演の功罪と言うべきか、2回、3回と短期間で聴き比べると細かい違いが聴き取れてしまう。しかし、このような鑑賞の仕方(複数回鑑賞/3日連続鑑賞)は芸術人生の糧となり、より一層クラシック音楽オペラを心から愛せるようになる。1月28日(3回目)は第1幕からオーケストラの鳴りが目覚ましく、物凄い夜になる運命の予感がした。意欲が漲り、右から聴こえる金管の迫力に各セクションとのバランスが頗る良い。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンによるドレスデンの流儀(インタビューにてティーレマン氏が語った<シュターツカペレ・ドレスデン奏法>)に心を奪われ、金字塔的名演《グレの歌》2020年3月10日(ライヴCD商品化)を髣髴させるステレオ効果に懐かしさを覚える。ピアニッシモからフォルティッシモまでダイナミックレンジは広く、恍惚のアンサンブルに痺れる。3回目は本領発揮か、音量が上がり密度も濃くなった。オペラ歌手に密着し、一緒に呼吸するオーケストラの何と魅力的なこと。ティーレマン氏の僅かな指の動きで演奏と歌唱は一体となり、何方かが浮き上がることなく共に絡み合うワーグナーの世界。バイロイト祝祭劇場の音響よりゼンパーオーパーは音の分離が良い分、1秒も遅れず指揮者とオーケストラとオペラ歌手を耳で追うことが出来る。またオーケストラの演奏に神経を集中させると、シンフォニー(例えば《グレの歌》やブルックナーの交響曲)に現れる魅惑の魔法が高解像度で聴こえてくる。指揮者の振り方は《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の時にも感じたが、その日により設計していくのだろう。彼の想いを瞬時に掴み取り形にする柔軟性と技術力と瞬発力は、流石シュターツカペレ・ドレスデン。

 

【3月28日】

追記:オーケストラも人間ゆえ、初日の緊張から解放されると本番を重ね弛むことがある。第3幕における拘りの【ホルツトランペット】は、オーケストラピットではない舞台裏から極めて印象的な音でイゾルデの船(発見)を知らせてくれるが、時にイントネーションが疑わしくなる難しい楽器として知られる。その為、惜しい僅か1秒があったが差し替えられ嬉しく思う。演出家とティーレマン氏による公演の映像を視聴し、ワーグナーが何を望んだのか?まだまだ復習を続けたい。

 

オーケストラピットに目を遣ると、我が最愛の指揮者が暗譜で指揮。シンフォニーでは日を追う毎に振り方が軽やかになるが、オペラの場合はインスピレーションが湧き上がるのか、アイデアを形にすべく動きがダイナミックになる。実際、強調された箇所は鮮明に見え聴こえた。しかし、それは緻密に練り上げられるシンフォニーとは異なるアプローチ。3回目は、2023年《ニュルンベルクのマイスタージンガー》千秋楽と同様、限界を超えた何かを彼は客席に届ける。ティーレマン氏が語る通り、「芸術とは自己犠牲の限界に達してこそ創造される」のでしょう。左手と左肘で身体を支え、右腕を思い切り振る姿は過去に何度も目にしているけれど今回は特別。彼のロマンに触れては、何時も心を揺さぶられる。一言で表すと、Richard Wagner楽劇公演鑑賞の頂点。天才の高みに達し、ワーグナーの世界において雲上を飛翔する芸術家達による奇跡の夕べ。Christian Thielemann氏の最高傑作🌹

 

なお、2024年2月18日(日) 2時(日本時間)クラシック音楽のビデオ・オン・デマンド【medici.tv(メディチTV)】で1月25日か1月28日の《トリスタンとイゾルデ》4K映像【追記:1月28日の公演】が有料配信される。後に、Blu-rayディスク商品になるかもしれない。2人(フォークト氏とニュルンド氏)のタイトルロール・デビュー、ティーレマン氏とシュターツカペレ・ドレスデンの歴史など、リブレットに書くことは沢山あり、ユニテルなのだから形ある芸術作品として絶対に商品化して欲しい。

 

Richard Wagner  Semperoper Dresden

»Tristan und Isolde«

Musikalische Leitung  Christian Thielemann

Sächsische Staatskapelle Dresden

 

 

25.01.2024 (4公演中2回目) 鑑賞

28.01.2024 (4公演中3回目) 鑑賞

 

Musikalische Leitung  Christian Thielemann
Inszenierung und Bühnenbild  Marco Arturo Marelli
Kostüme  Dagmar Niefind-Marelli
Lightdesign  Friedewalt Degen
Chor  André Kellinghaus
Bühnenmusik  Alexander Bülow

Tristan  Klaus Florian Vogt
Isolde  Camilla Nylund
König Marke  Georg Zeppenfeld
Kurwenal  Martin Gantner
Brangäne  Tanja Ariane Baumgartner
Melot  Sebastian Wartig
Ein Hirt  Attilio Glaser
Ein Steuermann  Lawson Anderson
Ein junger Seemann  Attilio Glaser

Sächsischer Staatsopernchor Dresden
Sächsische Staatskapelle Dresden

Co-Produktion mit der Opéra de Montpellier