Richard Wagner&Mr. Christian Thielemann♥4泊6日バイロイト遠征【第1弾】

2017年8月2日《Tristan und Isolde/トリスタンとイゾルデ》バイロイト祝祭劇場

 

 

バイロイト音楽祭へ行こうと決心した理由は、些細な出来事からだった。「折角ドレスデンに来たのに逢えず終い」「2018年まで待てそうにない」「6ヶ月以内に再会を果たすとしたら夏」「チャンスを逃したら気持ちが離れてしまうに違いない」誠にどうでも良い動機でありながら、何もかも夢が叶った今を思うと【キッカケ】は何でも構わないのだと思う。

 

全部で6回《トリスタンとイゾルデ》が繰り返される中、自分が実演に接したのは2回目に当たる8月2日。予定の開演時間は16時、終演時間は21時55分。驚くべき事実として、3分遅れてMr. Christian Thielemannは16時3分に指揮を始め、会場が静寂に包まれたのは21時58分だった。私が彼に対し尊敬の念を抱くのは、時計なくして時間を刻める人だから。約束をしたら守る、出来ない約束は最初からしない。音楽家に限らずドイツ人(昔は弁護士や公認会計士と仲良しで良く飛び回った)に見られる気質とは言え、とても頼もしい。オーケストラやオペラ歌手が、一糸乱れずバイロイト祝祭劇場でピッタリと寄り添い響き合えるのも頷ける。

 

神秘的な音響が専売特許のバイロイト祝祭劇場と呼ばれる中、私が驚いたのは「これまでに耳にしてきた馴染みある音響」が聴こえてきたこと。一瞬、ゼンパーオーパーに居る錯覚を起こした程。つまり、貴方が何処へ行こうと貴方らしくあること。住む場所が変わり性格が変わることはあるかもしれないが、性質は変わらないように。芸術家の哲学は、そう簡単に揺らぐことはない。厳密に言えば、蓋がオーケストラピットを覆っているので、直接音を感じることはなかった。恐らく、席により聴こえ方も異なると思う。自分は日頃より好む席にしか座らないので、今回の7列目(異例)と比較するのは無理がある。ただ、国内電話でも国際電話でも両親の声を聞き分けられる子供のように、私はハッキリと彼の声を聴くことが出来た。

 

※バイロイト祝祭劇場にて活躍するオーケストラ奏者のリストを見た途端、主要なメンバーがシュターツカペレ・ドレスデンから何名も参加していることに気付いた。

※薄暗く無機質なステージからは、ドレスデンにて鑑賞した熱い《ワルキューレ》や目の覚めるような《ジークフリート》とは異なる彼の解釈が聴こえてきた。しかし、サウンドから【オペラにもシンフォニーにもコンチェルトにも流れる彼の血】を感じ取ることが出来た。

 

それでも流石はバイロイト音楽祭!と感じたのは、オペラ歌手の伸び伸びとした発声にあると感じる。今までに何度もステファン・グールド氏とぺトラ・ラング氏の実演に接してきたが、今回こそ2人の有り余る才能を堪能した日は未だかつて1度もなかったから。冒頭から末尾まで、一切の綻びなしにグイグイ聴衆を物語に引き込むパワーに鳥肌が立ち、オーケストラも指揮者と以心伝心でフレージングを紡いで行く。確信したのは、やはりティーレマン氏は自然であること。子守歌と言ったら大袈裟かもしれないが、聴き手である自分を疲れさせない独自の構築が魅力的である。他と比べ、大きな特徴を一言で表すとしたら【極めて上品】な解釈。古めかしいセピア色の景色を描くことなく、スタイリッシュに決めるところも素敵。色鉛筆に置き換えれば、柔らかさが自慢の三菱ではなく硬派なステッドラーだ。ひとたび彼に心を奪われたら、もう二度と着いた色を白に戻すことが出来ないように。

 

芸術家は、ダイナミックである方が相手を惹きつけてやまない。それでいて相手を息苦しくさせないよう、常に風通しを良くする。オペラ・ハウスやコンサート・ホールで酸素いっぱいの公演を披露するティーレマン氏らしさ、バイロイト祝祭劇場でも発揮されていた。噂の硬い椅子は特に問題なく、最初から最後までクッションは借りずに済んだ。暑さに関しても、9月下旬の気候に恵まれたので疲れ知らず。音の聴こえ方は個人差があるかもしれないけれど、私の耳はオーケストラピットから上に湧き上がって客席に届く印象を受けた。霞みがかった音響と言うより、ところどころクリアな音が聴こえた程。しかし、(直接音マニアとして)ワーグナーの聖地に拘らない限り、自分が好むオペラ・ハウスで思う存分に鑑賞するのも手ではないかと思う。

 

それでも、バイロイト音楽祭、バイロイト祝祭劇場でこそ堪能出来るのは、何と言っても総合芸術の力。オペラ歌手の凄みに圧倒されたように、ワーグナー作品を上演する為に必要な要素が揃っているのだと感じる。演出についても、私は現代美術や現代音楽が好きなので、近代的なセットに好感が持てた。特筆すべき点としては、媚薬を飲まず手に滴り落とすシーン。これは、最高の演出で賞。殆どが静止している舞台の中、流れる水の効果は絶大。音にしても、色にしても。知らずに飲み干し、知らずに愛し合うより、もう既に私達は・・・と言う解釈。

 

最後に、指揮者が選ぶオペラ歌手、そしてオーケストラ奏者について。今回、私は初めてティーレマン氏と組むルネ・パーペ氏の歌唱を聴いたけれど、何時もの彼の解釈とは異なるテンポが珍しく聴き取れた。一方、何十回どころか何百回も時を過ごしたであろうステファン・グールド氏とぺトラ・ラング氏の時は、オーケストラと呼吸するかの如し。同じ顔ぶれor滅多に共演しない相手、其々の違いを対照的に鑑賞することが出来、とても良い勉強になった。極上のアートを鑑賞する上で、これ以上は望めない《トリスタンとイゾルデ》公演に感慨無量。

 

まさか夢が実現するとは思わなかったが、もしかしたら叶う日が来ると信じ《トリスタンとイゾルデ》だけは、CDもBlu-rayも通しで(4時間)聴くのを避けてきた。予習(リハーサル)をせず鑑賞(本番)とは良い度胸と笑われようと、恥ずかしいどころか最初の人がティーレマン氏、最初の場所がワーグナーの聖地なら申し分ない。閉ざされていた扉が漸く開き、眼に広がる《Tristan und Isolde》の景色は絶景。

 

第一印象が今後をも左右するように、音響芸術も恐らく初めの一聴が進路を決める可能性がある。女性は本来お相手に染まるのが得意な為、先々を神経質に考える必要はないかもしれない。それでも我慢が出来るのなら、知らぬままで居続ける忍耐もありでしょう。多くの男を知り尽くすより、たった1人の男を一筋に想うことも、毒なれど愛かな(笑)

 

Bayreuther Festspiele 2017 <<Tristan und Isolde>>

Mittwoch, 02. August 2017, 16:00 Uhr

1. Akt: 16:00 Uhr/2. Akt: 18:20 Uhr/3. Akt: 20:40 Uhr/Ende: ca. 21:55 Uhr

 

Musikalische Leitung  Christian Thielemann

Tristan  Stephen Gould

Marke  René Pape

Isolde  Petra Lang

Kurwenal  Iain Paterson

Melot  Raimund Nolte

Brangäne  Christa Mayer

Ein Hirt  Tansel Akzeybek

Ein Steuermann  Kay Stiefermann

Junger Seemann  Tansel Akzeybek

Regie  Katharina Wagner

Bühne  Frank Philipp Schlößmann / Matthias Lippert

Kostüm  Thomas Kaiser

Dramaturgie  Daniel Weber

Licht  Reinhard Traub

Chorleitung  Eberhard Friedrich

 

↓「トリスタンとイゾルデ」公演、プログラムとキャスト表&新聞。

 

 

↓開演15分前、10分前、5分前にファンファーレが奏でられるバルコニーより。