昨晩突然電話がなり、出るとなんとそこには中学校の友達。恩師が連絡を取ってくれたらしい。取りもとりあえず来ると。ありがたいけど大阪からわざわざ。でも「迷惑じゃなかったら来たい」という彼女の言葉にじゃ「私も会いたい」と。



彼女とは中学校の大きな時間をシェアした。部活も勉強も一緒にがんばった。何より二人の間にはいつも音楽があった。彼女は芸術面で天性の才能を持つ。彼女が作る美術作品も奏でるピアノもフルートもとても素敵だった。私は音楽で食べていこうと思っていたけど、でも才能はぜんぜん彼女にかなわないと実は知っていた。こういうことって持って生まれた天分がある。


高校入試も一緒にがんばった。彼女は見かけより(?)繊細で、とても優秀なのに試験のたびに蕁麻疹が出て辛そうだった。私立受験にひとつ失敗し、一緒に行こうといっていた公立高校を断念してしまった。私は一緒に彼女と高校生活を送りたかったので、すごくすごく残念だった。実力ならいけるはずと何度も薦めたが、謙虚で冒険をしない彼女は別の高校を選んだ。

高校の合格発表の日、私は受かったけど、とにかく淋しかった。そこに彼女がいなかったから。


でも高校時代は交換日記をした。彼女はあまり筆まめでなく、なかなかノートは帰ってこなかった。でも持ってくると、うちの玄関で話し込んでしまって、結局書いたこと全部をしゃべってたかもしれない(笑)。


私にっとて中学時代は、母の離婚や調停、母の実家との遺産相続などもめにもめ、家庭環境が決してよかった時期でなかった。でも中学時代が楽しくて楽しくて仕方なかった。友達にもすごく恵まれた。二人でブラスバンドの部活をして、二人で帰り道いつもそのレパートリーを歌った。彼女はすごくうまく伴奏した。私がいつも主旋律を歌っていた。家の近くのさよならする場所で、いつまでもしゃべって歌った。


今日彼女が打ち明けてくれた。18歳になる彼女の娘さんが機能性障害があり、うつだと。精神的なものではなく機能的なものなので、薬以外には対抗する処置が今のところはないと。彼女も大きなものを背負っている。すぐに実感した。寄り添ってあげたかった。力になってあげたかった。でも彼女は持ち前の明るさと前向きさで、すでに手段を手にしていた。「ウクレレ」だ。


病室にウクレレを抱えてきてくれたのだ。そして私のリクエストで「涙そうそう」を弾いてくれた。その繊細な演奏に私の心は震えた。受け入れるには辛い人生の大きな課題。でも彼女の持つとても鋭くきれいな感受性でもって、きっときっと、彼女なら娘さんに寄り添って乗り越えて行ってくれると信じている。


そしてその病気がいつの日か克服できる薬でも治療法でもができると信じたい。


「いつも応援してるよ!ナガイ!」