「高認」という名の、小さな、けれど確かな一
歩。
本日、高卒認定試験(高認)の出願手続きを済ませました。
封筒をポストに落とした瞬間、指先に残った感触は、期待よりもむしろ「重さ」に近いものでし
た。
再スタートか、それとも逆戻りか
不登校という枠組みから外れ、世間の「普通」というレールが見えなくなってから、随分と時間が経った気がします。
統計によれば、不登校の数は45万人。でも、その数字には現れない「名前のない空白」を抱えている仲間が、きっとこの空の下に何十万人といるのでしょう。
正直なところ、怖さもあります。試験を申し込んだことで、また「無期限の引きこもり」に戻ってしまうのではないか。
部屋に閉じこもり、社会との接点を絶ち気づけばまた季節だけが通り過ぎていく。そんな未来が頭をよぎります。
「出口」は人それぞれでいい
でも、こうも思います。
もしこれが「長い引きこもり」の再開だとしても、以前の自分とは決定的に違う点が一つだけあ
ります。それは、「自分の意志で、自分のためのチケットを手に入れた」ということです。世間が言う「更生」や「復帰」なんて言葉はどうでもいい。
ただ、45万人という膨大な数字の中の「1」として埋もれるのではなく、自分の現在地を確認する
ための、自分なりの儀式。それが僕にとっての高認なのだと感じています。
これからの日々について
明日から何が変わるわけでもありません。劇的にやる気が溢れるわけでも、急に外に出られるよ
うになるわけでもない。
ただ、机に向かう時間は、自分を否定するための時間ではなく、少しだけ未来の選択肢を広げる
ための時間。そう信じてみたい。
たとえまた「引きこもり」と呼ばれる生活が続いたとしても、それはただの停滞ではないはず。
静かに、ゆっくりと、自分を耕していくための「無期限の猶予」なのだと。