物理学の先生は最高でした。彼は色々なことを聞いて、生徒たちは答えました。答えなかったなら、彼は無作為に答える生徒を選びました。悪いように聞こえますが、恥ずかしがり屋の生徒にとってはよかったです。自信ではなくて、俺は手伝いが要りました。彼の講義は講義ではなく、友達の議論ようにでした。完璧でした!

今日まで、「ありがとうございました」言うことができませんでした。彼がどの場所にいるのか分かりません。残念です。これは俺の後悔です。

1年目から3年目まで中学校に(合計3年存在)他の人のパソコンに使用してプログラミングしました。3年目の終わりに、両親が俺にコンピューターを買ってくれました。CDを交換するで、多くのアプリが俺に紹介されました。俺の最初のLinux(Mandriva)をインストールしました。当時に、大変だと思ういました。Delphi(Object Pascal)でWindowsアプリをプログラミングして始まりました。子供っぽいのアプリでしたけれども、色々なアプリはちょっと便利でした。自動シャットダウンのアプリを作って多くの使用しました。

同時に、色なゲームを遊んで始まりました。俺のパソコンには最初のゲームはStarcraftでした。マルチプレイヤーがありますけれども、この時代に、インターネットはありませんでした。マルチプレイヤーを遊びたかったなら、ゲームカフェに行けないといけませんでした。友達とそうしました。

残念ながら、この動作は必ずしも良いとは限りませんでした。

学校で英語とフランス語を学びないといけません。俺の英語が大丈夫でしたけれども、フランス語がとても悪いでした。ちなみに、英語の大丈夫は「hi and goodbye」頃でした。両親は心配しましたので、俺に私立言語学校に通わせてくれました。俺の言語の興味はゼロでした。
ですから、選択があると思いました。

カフェへ行って遊んで、学校をスキップするつもりでした。でも、合計の授業をスキップするのが無理でした。先生は俺の不在を発見するのが簡単でしょう。したがって、俺は授業の始まりから十五分だけスキップしました。才能的な子や天才だと思いました。

ある日、通学途中の私立学校の先生は俺がカフェに見ました。問題ないと思いましたけれでも、この先生は父に言いました。

帰ると、父は「全部オーケー?」と聞きました。その後、俺の頭の中が真っ白になりました。父がそうな怒っているのを見たのは初めてで最終でした。殴られませんでしたが、すごく怖かったです。

恥ずかしくて臆病くて名誉なし感じました。気持ち悪かったです。両親はお金持ちではなくて俺のために学校を払いましたけれども、俺は何もをしませんでした。

翌日、この悲劇を治すのが俺の責任だと思いました。一年ぐらいかかりました。フランス語が興味ではありませんでしたから、英語を注意すると決めました。一年後で、俺の結果を見ました。英語の低い証明書を受けました。家族は俺の自慢でした。よく感じました。

親の犠牲に感謝するのが大切なことだこの経験から教えました。お金持ちではなくってお金が沢山払いましたから、俺は感謝するべきです。そして、正直の道は選びないといけません。

また、他の真実を発見しました。科目に興味ではない人は勉強するのが無駄です。今日まで、フランス語を話せません。もう全部忘れました。しかし、選択がないなら、必要なことやりませんといけません。学生として、興味がない科目が沢山ありました。これも、俺の学生を教えます。データベースは一部の学生が興味ではない。でも、勉強したら、いつも何かを学びます。少なくとも、そんな科目が興味がないのを気づいています。