かんにちはー!マイケル -13ページ目

かんにちはー!マイケル

マイケル・ジャクソンについての、話しや
マイケルの・ファン・イベントや活動を書けたらいいな~と
思っています。


3月30日

春。

生まれてきました。

何のために、

生まれてきたのかな…

と、

生きていることの

意味がわからなくなったり

することがあります。



私の産まれた病院。

今は、整形外科に代替わり。

私を産んだ病院で、

母は

理学療法を受けて、

頑張ってくれています。

諦めず、

投げ出さず、

丁寧に、

生きています。


自分の誕生日に思うのは、

みんなに感謝です。

子供時代に、

優しく見守ってくれていた

大人たちに、

色んな土地で助けてくれた方々、

友達、

夫、

そして両親。

何の不安も心配もなく、

誕生日を迎えられて、

感謝です。

まだまだ、外の世界を
知らなかった頃

小樽の海で…

photo:01







iPhoneからの投稿
仕事があり、健康で、

子供はいないけれど家族もいる。

今の時代、それが一番大切だと

思うようなニュースをいっぱい

見る。

でも、そうやってチマチマと

生きている自分が

ミジメになる時がある。

贅沢な悩みだろうな。

でも、

開かなくてもいい箱の中を

見てしまうと、元には戻れない。

何を失ったわけでもない。

でも、この喪失感は何だろう。

自分の思いつきで、人を

振り回す。

こういうことは、やめて

欲しい。

投げやりな気持ちになりながらも

やるべきことを、やって

諦めるのだ。

諦めるのだ。



今生では無理なんだと。

photo:01


iPhoneからの投稿
7年前、今日のような暖かい日。

私と夫は、私の実家の

鹿児島に里帰りをしていた。

遅い、朝ごはんを食べながら、

テレビを見ていたら、

地震の速報が[みんな:01]

震度6。

目を疑った。

なんと自分の家のあたりが

震度6に入っていた。

すぐ隣人に電話をしたら

マンションは大丈夫とのこと。

心配してもしょうがないので

そのまま墓参りに行った。

その間も次から次と、

福岡の友人たちから、

メールがきた。

友人たちも、東京や長崎と

遊びに行っていて大丈夫だった。

福岡に戻ると

街の中の被害が凄いことに

驚いた。

そして、もっと驚いたのは、

千葉に住む、夫の親をはじめ

県外の人には、情報も伝わって

いないようだった[みんな:02][みんな:03]

マンションの壁には亀裂が入り、

壁紙も破れ、

毎日、余震に震えていた。


県外の人が知らなかったのは、

亡くなった方が少なかったから

だそうだ。

それでも人生が変わって

しまった人達はいるのだ。

震源地の玄界島では、

家が壊れて、漁業もできず

子供達は3年間、

福岡市内に疎開していたのだ。


しかし、今回の震災は

また別ものだ。

福岡の西方沖地震とは違う。

終わりが見えない。

先が見えない。

政府が、報道が

ちゃんと機能していない。

放射能の問題。

瓦礫受け入れ問題。


いつも皺寄せを受けるのは

子供達なのだ。

子供こそが未来なのに。



















iPhoneからの投稿