「松風有清音(しょうふうにせいおんあり)」「松風(しょうふう)に清音(せいおん)有(あ)り」
松林に吹き抜ける風で、梢(こずえ)が揺らされる様は、心も揺らして、心地いい風と枝が鳴る音に心も癒される。
 禅語ですが、茶道では、静謐な空間に茶の湯の釜の煮え立つ音を松風と称する。心の澱み、澱(おり)が洗い流されるようだ。

 松は常緑樹であり、季節を問わず年中、掛け軸に掛けられる。

 

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 茶道では、茶器、焼物だけでなく、掛け軸の書、一輪挿しにまで、教養がないと、風情どころか亭主からのうんちく(いや、口上)が頭に入らない!

 日常の些事に追われ、筆不精を詫びる文面と、わたしへの気遣い、周りの方へのお世話が綴られていた。

 バタバタした日々にも、周りの幸せを祈念し、行動、飛び回っているのはすごいな〜!と。

 とりたてて大きな問題が生じているわけではないが、何かすべてが新鮮でなくなっている。
 いつも柔らかな快適な風を送れるエアコンでなく、わたしも清風、そういう人になりたい。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の遺作のメモのように。
穿(うが)たれる新たな息吹の風だけでなく、清新な空気が流れ入る颯爽たるすがすがしさ。

 朝からスケジュール、間に合わせなければいけない〆切もある。
大切なものをたくさん抱いて、大切なものの間で揺れ動きながら歩んでいる。
削り落とされ、削ぎ落とし、絞り込んで生きる心境には程遠いが、
感覚を閉じて、五感で感じる謐けな音を感じる心の余裕を持ちたいな〜